サッカー部に入ったよしのぶさんは、ゴールデンウィーク中の練習試合で、右膝の前十字靭帯断裂という大怪我を負います。
「最初は半月板の損傷だけだと思っていましたが、6月に靭帯が切れているとわかりました。授業についていけなくなるときついと思ったので手術は保留していたのですが、夏季補講だけになる夏休みの期間に手術して入院する決意をして、3週間学校に行かなくなったのです。しかし、学校に戻ってから補講に出ると、数学だけでなく、ほかの科目も何を言っているのかがわからなくなっていました」
高校1年生の終わりごろには、学年で200番台になり、よしのぶさんは10カ月のリハビリを経て、結局サッカー部も辞めてしまいました。

スポーツも勉強もできない当時を、「自分の取り柄が何もなくなってしまった時期だった」と彼は語ります。
「一度7位を取っているので、成績が落ちても『俺は7位だし、やればできる』と思っていました。でも結局何もできませんでしたね(笑)。口を開けば中学の武勇伝を語る、めちゃめちゃイタい人間になってしまっていました」
ネットの情報で勘違いが加速
成績が低下し、部活にも出られなくなったよしのぶさんは、高校1年生の後半から2年生にかけて、学校をサボりがちになり、図書館に行って好きな本を読んでいました。
そんな中、インターネットにはまったよしのぶさんは、「2ちゃんねる」にのめりこむようになります。
「学歴に関するスレッドを見ていて、灘高校という学校があるんだとか、ラ・サールって聞いたことあるけどすごかったんだとか、そういう学校は中学では高校数学まですでに終わっているんだとか、そういった情報を2ちゃんねるで見ていました。『いい大学じゃないと一生年収が低い』といった偏った情報に惑わされ、とにかくいい大学に行かないと生きていけないんだと思いました」
「世の中の真理に気づいたと勘違いした」と語るよしのぶさんは、高校2年生のときには、周りが「すごい」と思う大学に行きたいと考えるようになります。
ところが、このままではまずいと焦りはしていたものの、今まで自分で勉強をしたことがなかったため、家で教科書を開いても何をすればいいかがわからないまま、何も動けない日々が続きました。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら