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モラハラで「妻子に去られた夫」たちが集い語る事 「モラハラDV加害者」は本当に変われるのか?(後編)【再配信】

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  • 大塚 玲子 ノンフィクションライター
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――自己憐憫に陥るのは、自身の被害経験に気付くからですよね。親や周囲から自分がされてきたことが被害だった、と気付くことも大事ですよね。

とても大事だと思います。加害者って自分の痛みをごまかしてきた人たちだから、他人の痛みもごまかしてしまう。「俺はこのぐらい耐えられたんだから、おまえも耐えろ。そうしないのはズルい、甘えだ」というふうに考えがちです。

だから「自分が弱くて不完全で、傷ついてきたから、自分のことも癒やしていいんだ」と気付くことが必要だと思います。そのなかで初めて「他者をケアする」ということを、実感を伴って、できるようになっていくんだと思います。

(画像:『99%離婚 モラハラ夫は変わるのか』より)

自己憐憫から「幸福」に向かうために

――以前、刑務所にいる方から手紙をもらいました。その方は自分の被害経験を、便箋に何十枚も書いてくれましたが、そこで終わっている。何が足りないんでしょうか。

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よくわかります。そこで必要なのは、「自分はこういう被害を受けてきたから、こうなった」という考えだけでは、自分の幸福とつながらないと気付くことだと思います。これは批判を受けるかもしれませんが、大前提として「加害者が幸福になっていい」と知ることも重要です。

では「幸福」とは何かというと、「自分の痛みや傷つきを認めて、他者とケアし合う相互性のなかに生きていくこと」だと思います。「自分と一緒に生きる他者の幸福なしには、自分の幸福はない」という観点をもったときに、加害をやめることができる。それがきっと、自己憐憫の世界から抜け出す方法だと思います。

自己憐憫モードから外れていくためには、「ケアする」をやってみるしかありません。自分が今までやったことがないことをやってみよう、ということです。全然信じられなくてもいいから、ちょっとやってみようと。自分がこれまでと何か違う行動をとれば、社会は違った顔を見せるかもしれません。

――あえてお尋ねしますが、「変われない人」も、なかにはいますよね。

そうですね、変わるのが難しい人がいることは間違いないと思います。助けを求めるのが苦手な人や、集団が苦手な人、「どうせみんな自分のことを裏切る」と思っている人など。まさにそうした人が、自他を傷つけてしまいやすい。そういう人にこそ届いてほしいものが、一番届きにくい。

もうひとつ別のレイヤーからお答えすると、「変われない人がいる」と考えることのメリットってなんだろう、と考えることもできると思います。論理って選べるんですよね。根拠を選ぶ根拠が唯一あるとしたら、それは「私はどんな世界を望むか」だと思います。願いや祈りのようなものです。

(画像:『99%離婚 モラハラ夫は変わるのか』より)

よって僕は、人は変わることができると思います。変わることが難しい人がいることは間違いないけれど、「人は基本的に変わることができる」と信じられる社会になってほしいと僕は願っている。だから、人は変わることができると信じ、今後も活動していきます。

ただし、被害を受けた方々がそのように考えられないのは自然なことであり、そのことで非難されてはならないことは、いくら強調してもしすぎるということはありません。

 

この記事の前編:「僕はモラハラ夫」…本人が遂に悟るに至った経緯

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