結局のところ「信長」は革命児だったのか、否か 時代により揺れ動く評価と家臣たちの不遇

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垣根 最初の天下人、みたいな感じですね。その当時は畿内を天下と称したという見解とセットで、だから天下人なんだという論調だったかと思います。

早島 「天下」の概念はかなり揺れ幅が大きいので、なかなか難しい問題です。

垣根 三好家が畿内一帯をある程度実効支配していたから、というだけなのかなあと、僕などは素朴な印象として受けましたが。

早島 そんな感じでいいと思います。信長相対化論という流れがひとつあって、その裏で後北条氏を筆頭とする東の戦国大名研究、西の三好長慶研究と出てきて、ともに「うちのほうが画期的だ」と言い出したわけです。

垣根 なるほど。

早島 その後、2020年代になると、この流れが落ち着いてきます。ただそのようななかでもつい最近も複数の歴史雑誌で信長の特集が組まれていましたから、結局売れるのはそこなのかと(笑)。

「戦国時代を象徴するアイコン」である信長

垣根 たぶんそうなんでしょうね。信長はたいしたことなかった、という特集が今は読者に喜ばれるのでしょう。でも信長は、やはり戦国時代を象徴するアイコンであると僕は捉えています。

信長の場合、やったこともある意味徹底していますよね。それは個人的な性格からくると思っていたのですが、神仏もない、八百万(やおよろず)の神的な発想もないわけですよね。すべての物事に神が宿っているみたいな発想もない。そういう意味でもやはり時代を進めた人物なんだろうと思います。

僕は大学でずっと心理学をやっていたんですね。それもあって、どちらかというと織田信長という人物を気性のほうに重きをおいてずっと見ていたのですが、そこに時代性もあった、というのは確かにそうだと思います。同時にそれは、今の時代にもつながるところがあると思うんですよ。

たとえばアメリカでは、近年になってリバタリアンが増えているといわれていますよね。特にテクノ・リバタリアンって、ある種数学的な合理性からすべてを発展させていくという考え方だから、共和党みたいな小さな政府がいい、などと言い出しています。

そういう人たちは1970年代から80年代生まれになるのかな。世代的な意味でも転換期に重ねてもいいのかなという気はします。

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