「人生の後半」を楽に過ごすために手放すもの3つ 習慣を捨てることで発見できるものもある
とても、便利な自動車ですが、重量は1トンをこえ、馬60頭以上の力があります(軽自動車はメーカーの自主規制で64馬力以内)。これをコントロールできなければ、凶器に等しいと言えるでしょう。
お釈迦さまの遺言といわれる『遺教経(ゆいきょうぎょう』には、欲についての1節があります。
「戒をたもって心おだやかな生活をするには、まず自分の眼・耳・鼻・舌・身の五感の欲を知り、その欲をコントロールしなさい。五感の欲とは、見たい、聞きたい、嗅ぎたい、食べたい、触りたいという欲です。この5つの欲は、生きるために必要ですが、杖で牛を誘導するように、轡(くつわ)で馬を御(ぎょ)すように制御していかなければなりません。杖なき牛や、轡なき馬は、意のままにふるまって害をなすことがあるからです。
五感の欲も、同じように抑制する術がないと害を及ぼします。その被害の大きさは、身を滅ぼし、悪名を広げ、一時にとどまらず、代々まで害が及ぶことになるのです」(名取訳)
「運転」という習慣を捨てることで新たな発見も
お釈迦さまの言う欲と高齢者の運転が同じとは言いませんが、他人の命にかかわる事故を起こせば、「その被害の大きさは、身を滅ぼし、悪名を広げ、一時にとどまらず、代々まで害が及ぶことになる」に、身が引き締まる思いがします。
ウインカーを間違って出したり忘れたりする、歩行者や他の車に注意がいかないことがある、車庫入れのとき、塀や壁をこすることが増えたなど「若い頃とちょっと違うな」「おかしいな」と感じたら、自主返納を考える時期です。
免許を返納しても、免許証とほぼ同じデザインの運転経歴証明書の交付を受けて所持していれば、タクシー、バス、美術館、飲食店の料金割引や、金融機関の利息特典などが受けられます。
「免許があれば身分証明書がわりになる。実際に運転さえしなければ、免許を持っていても問題はない」と考えるかもしれません。しかし、免許証を持っていて運転しないのと、免許を自主返納するのとでは、決意の強さが格段に違います。
バスや電車で、あるいは徒歩で、時間をかけてでも、自分の足で歩いてみるのを新しい習慣にする決意をしてみませんか? そこにも、新たな喜びや発見があるものです。
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