──もともとは、新卒で山一証券に入社したサラリーマンでした。1997年に山一が自主廃業したときは、現職蔵相だった故・三塚博氏の裏金を運用していたとか。
最初は客の正体がつかめない休眠口座だった。社外を含む証券マン仲間の調査のおかげで本尊が三塚氏だとわかり、秘書に直談判して運用の一任を取り付けた。
まさか山一が潰れるなどとは思わなかったので、その直前には三塚氏の資金で山一株を買いまくった。65年に田中角栄蔵相(当時)が山一を救済した日銀特融がまたあると信じていたから。結果はご承知のとおりで、預かっていた7億円はパーになった。でも表沙汰にできない資金だったからか、何も責任は問われなかった。
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