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乳児死亡率低下にも寄与「救済機関」としての質屋 庶民にとって最も一般的な金融機関だった

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浅草公益質屋。1924年4月1日に開設。倉庫を含め26坪の広さだった(写真:東京市社会局年報 第5回)

身近な金融機関を問われたら、多くの人はまず銀行を思い浮かべるだろう。しかし、かつて銀行は富裕層が利用するもので、庶民にとってより一般的な金融機関は質屋だった。

日本の質制度の歴史は古く、「質」という言葉の登場は西暦701年に制定された大宝律令(たいほうりつりょう)にさかのぼる。鎌倉時代には広く普及していたと考えられる質制度は、その後大きく姿を変えつつ、質屋という形で今日も存続している。

20世紀前半、とくに都市における質屋の重要性は顕著で、東京市政調査会(現在の後藤・安田記念東京都市研究所)は1920年代に実施した都市の庶民金融に関する調査の中で、「衣類、家具等手當(あた)りばつたりにつかんで行つても、兎に角、簡便に資金の融通を受け得る質屋は、庶民階級に拓かれたる唯一の救濟所といふても過言ではない」と説明している。

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