映画「ある一生」が描く平凡な男の"80年の人生" 世界的なベストセラーの映画化に至った背景

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アルプスのキームガウで育ち、幼い頃はドイツで登山雑誌をつくっていた父親とともに山を旅していたという彼は、その理由を「小説で描かれている内容が、自分の山での生活や、キームガウの農家の息子だった実父の人生と結びついていたから」と語っている。

原作小説はおよそ150ページとそれほど長くはない中で、主人公の80年におよぶ人生を簡潔に、淡々と描き出しているのが特徴。そしてなんといっても、誰ともコミュニケーションをとらず、誰にも心情を打ち明けない主人公の視点から描かれているということもあり、シュタインビッヒラー監督はインタビューで「映画化は不可能だと思った。あまりにも美しすぎて、触れたくなくなるのだ」とその困難さを告白している。

ある一生
主人公エッガーの80年におよぶ人生を描き出すため、少年期、青年期、老年期はそれぞれ、3人の俳優が演じ分けている。©2023 EPO Film Wien/ TOBIS Filmproduktion München

そこで彼は『マーサの幸せレシピ』で知られるウルリッヒ・リマーに脚本を依頼。リマーは、主人公のエッガーが妻のマリーにあてた手紙というスタイルを使い、彼の内面に迫る、というアイデアを思いつく。それによって、彼の人生を彩ったマリーに対する思いがクッキリと浮かび上がるという効果もあった。

アルプスの広大な自然でロケ敢行

そして登場人物同様、本作で重要な位置を占めるのが、アルプスの広大な自然だ。ひとりの人間の80年にもおよぶ人生を、山の四季とともに描き出すために、撮影の80%は東チロルの山脈で行われ、その他、南チロルとバイエルン州でも撮影は行われた。

撮影は2022年2月から計47日間にわたって行われ、山の季節によって撮影を中断。季節の変わり目を数カ月待ち、そこから再び撮影に取りかかることもあったそうで、そうしたこだわりから丁寧に映し出されたアルプスの風景は本作の見どころのひとつである。

エッガーの人生はけっして歴史に名を残すような華々しい人生ではなかったかもしれない。はたから見たら孤独で苦渋に満ちた人生のように映るかもしれない。だが彼は人生をあきらめることなく、地に足をつけて、粛々と生きてきた。

人は死の間際に、その人生が走馬灯のように現れるというが、その時に感傷や陶酔ではなく“自分の人生はそう悪くはなかった”と言うことができるだろうか。人のしあわせのかたちとは何か、ということを考えさせられる1本だ。

壬生 智裕 映画ライター

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みぶ ともひろ / Tomohiro Mibu

福岡県生まれ、東京育ちの映画ライター。映像制作会社で映画、Vシネマ、CMなどの撮影現場に従事したのち、フリーランスの映画ライターに転向。近年は年間400本以上のイベント、インタビュー取材などに駆け回る毎日で、とくに国内映画祭、映画館などがライフワーク。ライターのほかに編集者としても活動しており、映画祭パンフレット、3D撮影現場のヒアリング本、フィルムアーカイブなどの書籍も手がける。

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