撮影協力:相模原グリーンホテル
北里柴三郎博士が実践
1世紀前の医工連携
小林 今日はよろしくお願いします。まずは柏野先生が所属する日本医工ものづくりコモンズについてお話しいただけますか。
柏野 こちらこそよろしくお願いします。ものづくりコモンズは、2009年11月、14の医学系と工学系の連携による任意団体として発足し、13年5月に一般社団法人になりました。小林学長にも特別顧問になっていただいていますね。いつもご協力ありがとうございます。
当初は、シンポジウムやサロンなどを通じ、医工連携に関する公開事業を企画実施していましたが、最近では、医療現場とものづくり現場を融合させるプラットホームとして、情報共有・意見交換の場づくりから、人材育成・開発チームづくりまでを視野に、医工連携に関する幅広い活動を行っています。
先日は貴大学の相模原キャンパスで行われた医工連携の講演会にも参加させていただきましたが、改めて、現場のニーズを医療機器として実現しようとする貴大学の意欲を感じました。
北里大学 学長 1978年慶應義塾大学医学部卒業。82年同大学大学院医学研究科博士課程修了。医学博士。ドイツ・ルール大学医学部生理学研究所助手、90年北里大学医学部講師、在職中に米・ハーバード大学訪問研究員、米・マサチューセッツ総合病院訪問研究員などを経て、03年医療衛生学部教授、12年大学院医療系研究科科長。14年7月より現職
小林 ありがとうございます。北里研究所は、日本初の私立医学研究機関として北里柴三郎博士によって1914年に創設されていますが、実はその当時から北里博士は医工連携を自ら実践されていました。
北里博士は世界初となる破傷風菌の純粋培養の成功や、血清を用いた感染症の治療方法の確立などで世界的に名声を得ていましたが、1921年に水銀に赤い色素を混ぜて体温を読み取りやすくした体温計の製造販売を行う、赤線検温器株式会社の創設発起人の一人となっています。この時は、第一次世界大戦の直後。日本では当時、ドイツ製の体温計を使っていたのですがそれが輸入できなくなり、国産化を目指して同社を設立したと伺っています。ちなみに同社は株式会社仁丹テルモとなり、医療機器製造販売大手であるテルモ株式会社の前身となる企業です。
自ら医療に必要な機器を社会実装したことは、北里博士の精神がまさに「医工連携」そのものであると言えます。
柏野 医療機器はまさにナショナルセキュリティという性格を兼ね備えていますが、100年近く前に、体温計の国産化を通じてナショナルセキュリティを守ろうとしたことは興味深いですね。
先日の貴大学での講演会では、スタンフォード大学・バイオデザインプログラムについての講演もありました。世界的にも評価されているカリキュラムを紹介していただきましたが、非常に付加価値の高い、革新的な医療機器を生み出すシステムだと思います。北里大学でも、最終的にはあのような仕組みを目指していこうとされているのでしょうか。
小林 スタンフォード大学が行っているバイオデザインプログラムでは、医学部と工学部、さらにMBAの学生が一つの場所に集まり、協働で医療機器の開発を行っています。医療ニーズを掘り起こすところから、機器の製作、さらにファンドの投資を得てベンチャー企業を立ち上げたり、あるいはベンチャー企業とジョイントしたりしながら、臨床試験まで行い、最終的には大きな会社に自分たちの会社を買ってもらうところまでの一連の流れ(エコシステム)を身に付けられるようになっています。
一般社団法人 日本医工ものづくりコモンズ 理事 総合シンクタンクにて、医療機器関連の調査研究・コンサルティング業務に従事。製販企業とものづくり企業による医工連携のかたち「製販ドリブンモデル」を提唱し、実践に注力している。東京慈恵会医科大学ME研究室訪問研究員、東京大学大学院医学系研究科客員研究員などを歴任。2013年9月より現職(総合シンクタンクとの兼務)
日本ではここまでスムーズな流れをつくることはなかなかできません。特に最終形の製品化のところに到達できないのです。医療ニーズの発掘については、私たちは大きな自信があります。北里大学には四つの病院があり、それぞれの医療ニーズを深く理解している人が多くいます。医療系の学部だけでも医学部、医療衛生学部、看護学部、薬学部があり、スタッフもそろっています。知的財産(知財)についても、研究支援センター、知的資産センターがあり、それぞれがサポートを行っているので、豊富な蓄積があります。ただ、その先が欠けています。グローバルな治験の仕組みや臨床研究の仕組みはあるのに、その間がつながっていません。
むろん、あきらめているわけではありません。今すぐは無理ですが、スタンフォード大学のような形を理想に、将来的にはそのような体制が構築できないかと模索しているところです。
新規の参入障壁が高い
医療機器の製造販売
柏野 北里大学に限らず、医工連携の事業化はなかなかハードルが高いというのが現状ではないでしょうか。
先に結論を言ってしまえば、医療機器はかなり特殊な産業であることが大きな理由です。まず、製品を販売する相手が医師であること。さらに、医療機器そのものが薬機法(「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律」:旧薬事法)という法規制の対象ということです。
ですから、医療機器の製造販売などを経験したことのない企業は、たとえ技術力があっても、なかなか製品化にたどり着けません。
もともと、医工連携の取り組みがスタートした当初は、医療機器以外のものづくり企業を医療機器産業に参入させて、収益や雇用を生み出そうというのが狙いでした。これらの企業と医療のニーズを結びつければ、イノベーションが生まれるのではないかと考えられてきました。ところが、いざ実際にやってみると、市場や法規制の特殊性があるので、なかなか難しい。構造やコストも折り合わない。
現在では、やはり医療機器メーカーにつくってもらったほうがいいのではないか、最初から組んだほうがいいのではないかという考え方が主流になっています。

小林 確かに、研究開発体制に医療機器メーカーが参画しているほうが事業化はスムーズに進むかもしれませんね。
その前段の話になりますが、実は北里大学にはスタンフォード大学のような工学部がありません。工学部がないところで医工連携をやると言うと、違和感を持つ人もいるようですが、私は決して不思議ではないと思っています。
前述したように、本学の強みは、医療系学部の人材がそろっていることです。スタッフには医師、看護師、薬剤師のほか、臨床検査技師、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士、視能訓練士、臨床工学技士、診療放射線技師など、医療関係のほとんどの有資格者がいます。さらに、北里大学病院(神奈川県相模原市)、東病院(同)、北里研究所病院(東京都港区)、北里大学メディカルセンター(埼玉県北本市)のそれぞれが特色ある病院であり、さまざまなニーズをくみ上げることができます。
工学部がないことは弱みに見えるかもしれませんが、逆に、さまざまな大学、ものづくり企業、医療機器メーカーとコラボレーションできるという意味ではむしろ強みになるとさえ考えられます。
柏野 そのとおりですね。工学部がないことで、少なくとも学部間のしがらみのような問題が生じることはありませんし、「この技術シーズを使って何か新しい機器ができないか」という技術シーズオリエンテッドな発想に陥りにくいことや、臨床ニーズに対して必要な技術シーズを広い視野で探しやすいことなどは強みと言えると思います。
製品化という観点では、むしろ、医療機器をつくっているメーカーや、そのようなことに興味を持っている企業とダイレクトに組んでいくことが重要です。
医工連携ではよく「病院のベッドサイドのニーズから製品が生まれる」と言います。学長のリーダーシップのもと臨床現場の多くのスタッフが医工連携に参画される(臨床ニーズが提供される)のであれば、医療機器メーカーにとっては非常に魅力的です。このことは、北里大学と医療機器メーカーとが連携し、製品化の可能性が高い医工連携プロジェクトを多数創出できるということです。お話を伺っていると、北里大学は恵まれた環境にあると言えます。
北里発の医療機器を
世界の国際標準に
小林 医工連携が成功するためには知財のあり方についても検討する必要があると思います。これまではたとえば医師が医療のニーズを感じ、アイデアとして医療機器メーカーに伝えたとしても、その企業が特許を取ってしまうということが少なくありませんでした。
もちろん、ニーズだけでは知的財産にならないわけですが、実際に製品化される場合には、ある時点で知財として権利を押さえるということも必要です。


柏野 そのお話は非常に重要ですね。医工連携を日本で本当に盛り上げるためには、アイデアを出した医師にその対価が還元されるシステムが必須だと思います。ただ、現状はまだその整備が進んでいません。
医療機器メーカーの中には、売り上げの何%かを医師にお支払いするといった形の契約を結んでいるところもありますが、まだ一部です。早期に、この仕組みを構築することが大切ですね。
小林 少子化傾向により18歳人口が減ることが確実視されています。学生数が減少する中で、特許など学納金以外の収入を確保することができれば、大学としてはこれまで以上に質の高い教育研究を行うこともでき、そのことにより、優れた学生を集めることができるようになります。知財戦略にはさらに力を入れていきたいですね。
実は、学内に眠っている知財もたくさんあるのです。「これは製品化できるのではないか」と判断できる目利きのような人に協力いただけるといいのですが。
柏野 「餅は餅屋」とも言います。やはり、その道の専門家の力を借りるのが近道だと思います。製販企業(医療機器製造販売業の許可を持ち、医療機器を製造・販売している企業)のスタッフであれば、すべての医療機器とは言わなくても、自社製品に関連するようなものであれば、目利きができるでしょう。
さらに、私は「製販ドリブン(製販企業が医工連携の駆動力になる)」と呼んでいるのですが、まず、これらの製販企業と北里大学の臨床現場を結び、そこに、必要に応じてものづくり企業が加わるという体制をつくれば、北里大学発の医療機器をうまく開発できるのではないかと考えています。東京都文京区の「本郷エリア」には、製販企業が100社以上集まっています(コラム1参照)。これらはほとんどが中小企業ですが、自社が関連する製品は知り尽くしていますので、北里大学の医工連携のサポートになると思います。ただし、研究開発のリソースが限られているのが彼らの弱みです。資金面では公的資金が活発に使われているのですが、人材面のリソース不足は大きな課題です。そこで提案ですが、北里大学の学生さんを一定期間インターンのような形で製販企業内での研究開発マネジメントに参加させてもらえると、製販企業にも学生さんにもメリットがあると思うのですがいかがでしょうか。
今、医工連携は本郷エリアがアツい
「製販ドリブン」モデルの実践における最初の課題は「どのように製販企業の参画を得るか」だ。柏野氏は、製販企業の国内最大の集積地である本郷エリア(東京都文京区本郷・湯島周辺地域)に注目し、本郷エリアの製販企業とものづくり企業との連携を推進している。同エリアには、売上高10~20億円規模を中心に製販企業が約100社集まる。医療機器のもつ「多品種・少量」という特徴を反映して、特定の診療科や領域に特化し、存在感ある多数の中小企業が立地している。
日本医工ものづくりコモンズでは、この本郷エリアにおいて、製販企業とものづくり企業を結ぶ展示会や商談会などの開催を支援している。また、地域コーディネーターによるサポートや公的資金を活用した共同開発支援なども促進させることで、医工連携の流れを少しずつ加速させようと日々奮闘している。
小林 それは面白いですね。大学院生のカリキュラムの一環ならすぐにでもできると思います。
北里博士は常々、「事を処してパイオニアたれ。人に交わって恩を思え。そして叡智をもって実学の人として、不撓不屈の精神を貫け。」と門下生に説いていました。最終到達点を見失わず、社会に還元する研究を行うということは北里博士の哲学と親和性があります。
また、北里大学では早くからチーム医療教育にも力を入れています。医工連携によって、さまざまな専門家のチームによって課題解決に取り組むことは、医療の現場でのチーム組むことは、医療の現場でのチーム医療を体験することにもなりそうです。
柏野 先ほど、医療機器はナショナルセキュリティだという話をしました。医療機器の世界はどうしても外資系が強い。日本のメーカーは開発スピードでも遅れを取っています。日本の医療を自らの手で守る意味でもぜひ日本発の医療機器が世界で活躍してほしいと願っています。
小林 喫緊の課題としては、臨床試験のコストをどう乗り切るかということになりそうです。欧米のように投資家が豊富にいればそれも容易なのでしょうが、今の日本ではそううまくいきません。それを乗り越えて、最終的にはやはり国際標準化を達成したいですね。
日本は世界でも例を見ない高齢化社会にあります。病気の治療はもとより、予防や健康寿命の延伸などでは最先端の取り組みが可能です。さらに介護・福祉の分野でも国際標準になれる可能性があります。ビジネスチャンスもたくさんあります。本学が医工連携を進めることで、これからの日本社会、ひいては世界に貢献したいと考えています。
~時代を支える医療拠点~
新北里大学病院と新生東病院が開院
2014年5月、北里研究所創立100周年・北里大学創立50周年記念事業の一環として、05年より推進している新病院プロジェクトの中心施設である新しい北里大学病院が相模原キャンパスに開院した。最先端の機材や設備はもとより、円滑なチーム医療を可能にする「医療支援部」を新設するなど、ソフト面にも力を入れている。新病院は地域の基幹病院として「救命救急・災害医療センター」、「集学的がん診療センター」、「周産母子成育医療センター」、「血管治療部門」の四つの重点領域を柱にしている。

また、15年5月には北里大学東病院が、回復期リハビリテーション病棟の新設など、大幅に改装してグランドオープンし、従来の「患者中心の医療」と「共に創り出す医療」という理念に「人としての尊厳の維持」と「自立支援・回復支援」も加え、慢性期疾患と予防医療に対応。地域医療への幅広い貢献と優れた人材育成の拠点として期待されている。
