日本企業の競争力は「脱炭素市場」に左右される 国際的なルール作りのテーブルにつくには?

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2021年、世界で排出されたCO2は約363億トン。新型コロナウイルスの感染が広がった19年に比べて約30億トン増加した。50年のカーボンニュートラルに向け各国が脱炭素を進める中、20年のCO2排出量が約11億5000万トンだった日本にはどんな目が向けられているのか。世界の潮流を踏まえ、日本企業が考えるべきことを京都大学名誉教授で地球環境戦略研究機関(IGES)シニアフェローの松下和夫氏に聞いた。

コロナ禍前に「戻す」のではなくさらによく「つくり直す」

——気候変動のリスクが高まり、各国が危機感を募らせています。

気候変動、パンデミック、エネルギー問題は互いに関係があります。例えば新型コロナの要因の一部は、森林破壊で人と動物の居住区分が曖昧になったことや、グローバル化で人やモノの移動が活発になったことです。この移動には野生動物の違法取引も含まれ、動物の持つ細菌やウイルスが人の生活圏に持ち込まれる原因となりました。02年のSARS、12年のMERS、そして19年の新型コロナと、短期間に何度もパンデミックが起こるのは極めて異常。いずれも自然破壊や都市への人口移動と関連が深く、これらは一体として考えるべきです。

松下 和夫氏
京都大学名誉教授、公益財団法人 地球環境戦略研究機関(IGES)シニアフェロー、日本GNH学会会長など。
1972年に環境庁入庁後、大気規制課長、環境保全対策課長等を歴任。環境行政、とくに地球環境・国際協力に長く関わり、 国連地球サミット事務局やOECD環境局でも勤務。近著に『気候危機とコロナ禍』など

——コロナ禍では経済面への打撃も大きいですが、どう対策すべきでしょう。

EUは新型コロナによる経済停滞に対応して「欧州グリーンディール」を発表し、「グリーンリカバリー(緑の復興)」に取り組んでいます。これは単に経済活動を元に戻すのではなく、再生可能エネルギー(以下、再エネ)など環境分野への投資を中心に新たな経済社会を構築し直すもの。グリーンな公共事業などで雇用を増やし異常気象による自然災害への対策を強化するなど、持続可能でよりよい社会をつくり直すことが目標です。日本でもこうした視点が必要です。

——エネルギー面ではどんな変化がありますか。

農作物やエネルギーの地産地消を行う「地域循環共生圏」が注目されています。とくにエネルギーの地産地消は地政学的リスクの改善にも寄与します。近年の戦争の大半は、石油など化石燃料の権益や支配権を取り巻くものです。「石油をめぐる戦争はあっても太陽をめぐる戦争はない」と言うように、再エネへの移行を進めて化石燃料への依存度を下げれば、究極的には戦争の防止につながることが期待されます。

——化石燃料への依存度が続くとどうなるのでしょう。

気候危機の進行で経済基盤が失われるほどに深刻な被害がもたらされます。IPCC(国連気候変動に関する政府間パネル)の報告書をはじめ、科学者らが何度も警告しているように、地球の気温上昇を産業革命前と比べて1.5度未満に抑えることが必要で、そのためには50年までのカーボンニュートラルを実現させなければなりません。生活をいきなり変えるのは難しくても、先を見通して計画を立て着実に取り組んでいくべきです。

——日本の50年までのカーボンニュートラルは現実的ですか?

財源の確保や制度の改革が必要ですが、科学的には達成できます。今、世界的に再エネのコストが石炭火力より下がってきており、日本でもその見込みが立っています。

再エネ導入が企業の競争力を左右する理由

——脱炭素市場の現状を教えてください。

まさに競争が激化しています。早く手を打つほど将来有利なポジションに立てるので、先行利益を求める企業が一斉に投資を始めています。日本企業も戦略を立てていますが、世界はさらにその先を行っているのが実状です。

——一方で、TCFD※1やSBT※2、RE100※3に取り組む企業の数では、日本はいずれも世界上位です。

多くの日本企業が奮励していますが、日本ではまだ再エネ電力の価格が高いほか100%再エネの電力も入手しにくいため、脱炭素化の達成には不利な状況です。加えて日本は石炭火力の比率が高いため、同じ電力使用量でもCO2排出量が多くなってしまいます。ところが、すでに目標を達成した世界企業はサプライチェーンにも100%再エネを求めますから、日本で対応が難しいとなれば他国との事業連携に切り替えるのも当然。これは日本産業にとって重大な機会損失であり、脱炭素市場でますます後れを取りかねません。一方で、EUはすでに国境炭素調整措置の導入を検討しており、今後EUへの輸出品には製造過程のCO2排出量に応じた関税がかかってきます。日本でも早く100%再エネでの製造ができなければ、各企業がいくら地道に節電をしても競争力は低いままです。

※1 金融安定理事会(FSB)が設置した民間主導の気候関連財務情報開示タスクフォース
※2 企業が設定する温室効果ガス排出削減目標
※3 事業活動に必要な電力を100%再エネで賄うことを目指す国際的なイニシアチブ

手札となる好事例を増やしルール作りに参加

——日本の再エネ比率が上がる見込みはありますか。

太陽光や風力発電は技術革新と普及につれてコストが下がりますし、最近では休耕田や工場跡地、カーポートの屋根などを活用して都会を含めた各所で発電できるようになりました。太陽光パネルで作物に日陰を作って農業と電力の二足のわらじを履く農家も増えましたね。一方、洋上風力発電では水電解装置を併設することで、天然ガスに代替する水素をCO2を排出せずに作ることができます。このように、再エネの供給拡大にはポテンシャルがあるほか、企業も100%再エネ電力を調達すべく再エネ発電事業者と直接契約を結び始めていますから、需要も高まるでしょう。現在国が取り組んでいる送電網の整備などの電力系統の逼迫改善が進めば、再エネ発電が盛んな地域から首都圏への電力融通や、晴天の地域から雨天の地域への電力融通も可能になります。また、これらの事業は地域産業を活性化させるので、グリーンリカバリーの実現にもつながります。

——企業が脱炭素経営を進めるためには?

本業で地球環境の保全に寄与すること、つまり本業をSDGsにすることが必要です。まずはIPCCやIEA(国際エネルギー機関)のレポートを読んで、世界の先進事例を把握しましょう。現在の国際的なスタンダードがEU中心である理由は、EUに決定権限があるからではなく、それが科学的にも目標達成にかない、説得力があるからです。日本企業も、科学的知見に基づいた優れた取り組みを増やし積極的に発信してほしい。日本が脱炭素のルール作りに積極的に参加するためにも、まずは手札となる国内の好事例を増やしたいですね。

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