リクルート「融資ではない」資金調達事業開始の訳 中小事業者のニーズ発見から生まれた新事業
中小事業者の収支は、ほんの少しの要素でずれてしまう
飲食店や美容サロンなどの中小事業者には、少額資金調達ニーズがある――。『Airキャッシュ』のプロダクト担当者を務める冨田一清氏がその事実を強く意識したのは、2015年ごろのことだった。日本貸金業協会のアンケート調査(※)によると、新たな借り入れの際に必要だった金額として、100万円以内と回答した事業者の割合は53.3%、300万円以内という回答は74.8%に達していた。
定量的な裏付けだけではない。当時ファイナンス関連のサービスを担当していた冨田氏は、事業者から直接、資金に関する悩みを聞いていた。
「中小事業者の収支は、ほんのちょっとした要素でずれが生じます。例えば飲食店なら、食材の仕入れ価格や搬入量は天候などに左右されやすく、仕入れがどんぶり勘定になりがちです。一方、雨が降れば客足が落ちてしまうなど、売り上げにも波があります」
少しの収支ずれでも、閑散期と重なれば追加で資金の用立てが必要になる。かといって、銀行に融資を申し込むほどでもない。そんな少額の融資が必要とされるケースは、実は多いのだ。
※出典:日本貸金業協会「資金需要者等の現状と動向に関するアンケート調査結果報告(平成27年9月30日)」
100万円以下の少額資金融資は収益化が困難なケースも
こうしたニーズに対して、既存の融資の仕組みでは解決が難しいケースがあるという。
「100万円以下という少額の資金を融資しても、収益化が困難だからです。まず、少額資金の単発的な融資では、売り上げに限界があることが多い。加えて、少額資金の融資ニーズは突発的なものが多い。顧客接点を増やしてタイミングよく対応しようとすれば、当然マーケティングコストが膨らみます。また、融資は額の多少にかかわらず与信の審査が求められるため、その業務コストも必要です。さらに中小事業者の場合は、年1回の決算書から経営実態を正しく把握することが難しい。審査が通ったとしても、必ず貸し倒れリスクを織り込まなくてはいけません。こうした事情から、少額融資のビジネスは敬遠されることが多いのです」
ではこれまで、少額融資がかなわなかった事業者はどう対応してきたのか。設備投資や事業拡大といった「攻め」の場合は、諦めるか後回しに。資金繰りなど「守り」の場合は、個人で借り入れて事業用に転用し、急場をしのぐケースもあるという。
事業者は少額資金に関する困り事を抱えているのに、そのニーズを満たす適切な選択肢が少ない。冨田氏はこの問題の解決に対し、社会的意義とビジネスの可能性を両立させる仕組みがないか、検討を開始した。
「借金する」ことの心理的ハードルを取り除いた
冨田氏が市場調査を始めると、事業者側にも、少額資金の調達に積極的になれない理由があるとわかってきた。融資の審査には、手間や時間がかかるという点だ。オンラインで融資を申し込む場合、申込者に関する数々の情報を入力しなければならないし、業績にまつわる書類の提出も求められる。返済時には毎回、銀行の窓口やATMで振り込むことになり面倒だ。
そして何より大きいのが、「借金する」という心理的ハードルだ。
「日本では『借金=悪』というイメージが強く、『攻めの投資』に向かおうにも、借金してまで進める必要はあるのだろうか?と躊躇してしまう。新サービスの開発に当たっては、収益性を高めるほか、事業者が手間なく利用できること、そして心理的な重荷にならない設計が欠かせないと考えました」
そこで導き出されたのが、『Airキャッシュ』という解だ。ビジネスモデルとしては、事業者から債権(売掛金)を買い取る、ファクタリングサービスの一種になる。
「事業者側から見ると、将来の売掛金を前倒しで現金化するだけ。新たな借り入れをするわけではありません。また、売上額の変動を踏まえて、『Airペイ』の売り上げから引き落としになる仕組みも心理的なハードルの低さにつながります。当社は決済サービス『Airペイ』を提供しており、この分野のノウハウがありました。利用可能額は、AIが『Airペイ』や『Airレジ』の売り上げデータなどから予測して決定するため、融資の際に行われるような審査は不要。面倒なデータ入力や書類提出も要りません。普段『Airペイ』で利用している『AirID』でログインすれば、最短2タップで現金化が完了します」
顧客基盤を活用してマーケティングコストを低減
では、肝心の収益性はどうか。カギを握るのは売り上げとコストの2つだが、その双方にリクルートのアセットが生きているという。
「なにせ少額ですから、単発の利用ばかりでは収益が伸びないことは事実です。ただ、リクルートは、『ホットペッパーグルメ』や『ホットペッパービューティー』『じゃらん』のように、日常消費かつリピートするサービスプラットフォームの運営経験が豊富。ユーザーに繰り返し使ってもらうための、デザインやマーケティングのノウハウが蓄積されています。『Airキャッシュ』も、契約期間終了後に次の利用可能額をお知らせするなど工夫をちりばめており、実際にリピート率はかなり高く出ています」
コスト面では、『Airペイ』『Airレジ』がすでに多くの中小事業者に導入されていることが大きい。リクルートは中小事業者と常時接点があるので、マーケティングコストを抑えつつ資金調達ニーズをキャッチできる。また、AIが将来の売り上げ予測を行い、利用可能額を決めているため、審査に必要な人件費などもかからない。AIの精度が低ければ代金未回収リスクが高まるが、「リクルートには多くのデータサイエンティストが所属している。人材も、このビジネスモデルを実現している要素の1つです」と冨田氏は胸を張る。
「攻めの資金調達」をできるよう、背中を押したい
『Airキャッシュ』の滑り出しは順調。成功の要因は、市場ニーズや競争環境に対する的確な分析、そして競合が尻込みする要因となっていた収益性の低さを、リクルートのアセットを活用して乗り越えたことにある。最後に冨田氏はこのサービスにかける思いを熱く語ってくれた。
「ユーザーから、『驚くほど簡単に使えるね』と言われることがいちばんうれしい。『Airキャッシュ』は、中小事業者の少額資金調達をかなえるだけでなく、前向きに資金を活用したいと考えている事業者の挑戦を促すサービスでもあります。もっと多くの事業者に利用してもらえれば、日本の経済を支えている中小事業者の底上げにも貢献できると考えています」
ブルーオーシャンを見つけ、ほかのサービスで培ったノウハウも活用しながら実現してきたリクルート。中小事業者のさらなる飛躍のための、大きな支えとなっている。
「必要な時に必要な資金」で商機も逃さず
「Airキャッシュ」に何度も助けられてきた