リクルート流・新規事業「最短距離で育てる方法」 アイデアが事業に育つまでの、4つのステップ

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新規事業を次々と手がけ、世の中のスタンダードになるサービスを数多く送り出してきたリクルート。今では誰もが知る有名事業も、最初は同社社員の「アイデアの種」から始まった。まずは小さく生んで、検証を繰り返しながら大きく育てていく――。日々進化している「リクルート流・新規事業の育て方」を、最新事例とともに紹介しよう。

40年続く新規事業提案制度、狭き門くぐるのは5/1000

形式を変えながら、1982年から続いているリクルートの新規事業提案制度「Ring」。社員から寄せられた新規事業のアイデアから、事業化検証に進むものが選ばれ、実際に事業化していくというものだ。例年1000件近い提案が寄せられるが、このうち実際に事業化検証の段階に進むのは、毎年5~6件という狭き門だ。

プロダクト統括本部 新規事業開発室 部長
渋谷 昭範

しかも、事業化検証の段階にまで進めたからといって、サービスの事業化が約束されたわけではない。Ringを通過した段階では不確実性が高く、まだまだ仮説の段階でしかない。インパクトのある事業に育てるために、1つひとつ検証しながら、ブラッシュアップしていく必要がある。Ring事務局長も務める新規事業開発室部長の渋谷昭範氏は、その支援体制を次のように明かす。

「Ringを通過した案件には、当社の新規事業開発室から担当インキュベーターが1人ついて、総合的に支援を行います。さらにKPI設計、管理会計、営業設計、プロダクト開発、Webマーケティングなど、各分野の専門知識を持つインキュベーターが側面支援。イメージとしては学校で、クラス担任の先生が中心となり、教科担当の先生を集めてチームで生徒を指導する体制と近しいかもしれません」

新規事業の種は「4つのステージ」を通って育てる

新規事業の種を「ステージゲート」というやり方で育てることもリクルートの特徴だ。ステージゲートでは、新規事業を「MVP(Minimum Viable Product)」「SEED」「ALPHA」「BETA」の4つのステージに分け、仮説検証しながら段階的に予算と人員を投入して育てていく。

「最初のMVPで検証するのは、本当にニーズがあるかどうか。すなわち、仮説を検証して判明した課題、『不』の強さや対象の広さです。ニーズについてはRing選考中のブラッシュアップ期間でも調査しますが、その段階での予算は小さく、時間も限られています。このMVPフェーズではRingの10倍の予算を投入して、顧客セグメントを分解して解像度を上げ、第三者の客観視点も入れて、市場調査を行います。実際、ここの段階で半分が撤退になります。まだ撤退可能性が高いこのMVPフェーズでは、起案者の新規事業開発室への兼務は20%のみとなっています。個人としても、撤退後に元の部署に戻りやすくするという狙いもあります」

ニーズが確認できたら、SEEDステージへ。実際にプロトタイプを作って少数のユーザーに利用してもらい、実現可能性の検証を行う。プロトタイプを作るため費用は増えるが、検証すべき項目(KPI)を絞り込んで最小機能のみを検証する。コストを抑えるという目的もあるが、検証内容がぼやけてしまうことを避ける狙いがある。事業の大前提の検証ができたら、ユニットエコノミクス(最小単位当たりの収益性)をチェックする。これは、LTV(Life-time Value=顧客生涯価値)をCAC(Customer Acquisition Cost=顧客獲得単価)で割って求める数字だが、次のステージに進む基準は、シリコンバレーで1つの基準とされる、3倍以上に置いている。

収益性をチェックできたら、次はALPHAステージでスケールできるかの検証に進む。例えば、起案者たちの熱意ある営業活動によって売れたものの、ほかの人が担当についた途端売れなくなったというのでは、事業がスケールしない。このステージで初めて、組織的にスケールできるかどうかが試される。起案者のほかにも社員をアサインするため、社内の異動希望制度や中途採用が活用される。さらにリーダーにはアイデアだけではなく、組織マネジメント力や採用力のリーダーシップも求められる。能力が伴わなければ、ほかの人がリーダーになるケースもあるという。

一定程度スケールできるようになれば、いよいよ最終ステージのBETAに。「この段階まできたアイデアはどれも、事業計画や予実計算はそれなりの精度になっています。事業成長や事業規模の蓋然性も高くなっています。あとは、そのときの当社の戦略に合致しているのか、大規模に投資すべき事業かどうかが議論されます。当社の戦略も時代によって変わっていきます。それに合致しているか、事業ポートフォリオとして有意義か、既存事業とのシナジーが効くかを議論・検証していきます。全社戦略との合致性の判断を最終段階にしていることもポイントです。事業開発には数年かかりますし、全社戦略も数年で変化しますので、タイムリーに進行するためにも、この段階で判断します」

小さく始めるから軌道修正も小回りが利く

大量のリソースを持つリクルートが、なぜ最初から多くの予算と人員を投入して、一気に立ち上げることをしないのか。

「大前提として、新規事業は失敗するものであり、誰も未来の正解を知らないということがあります。ゆえに、小さく生んで段階的に育てる手法によって、失敗したときのダメージを最小限に抑えられるのです。また、新規事業につきものである『軌道修正(ピボット)』がやりやすい利点もあると考えています」

事例で解説しよう。2018年にRingで選ばれた『エリクラ』という新規事業がある。企業の軽作業と近隣のギグワーカーをマッチングするスマホアプリサービスで、名称は「エリア・クラウドソーシング」の略だ。起案者は、不動産総合ポータルサイトの『SUUMO』事業部にいた今里亮介氏。不動産管理会社が、アパートやマンションで発生する現地作業をこなすために長時間かけて移動していた現場を見て、思いついたのだという。

新規事業開発室 アクセラレーション部 エリクラPJ推進グループ
今里 亮介

最初のマッチングテストは、そもそもニーズが存在するかどうかの確認を目的とし、特定の4物件で行った。初期開発コストを抑えるべく、近隣にチラシを配ったりSNSを活用したりと工夫したところ、50件の応募があった。注目は、次のSEEDステージで行った改善だ。

「それでもアプリ開発はせず、簡単なWebサイトを作り、東京都狛江市の約80物件でテストをしました。マッチング率は早々に100%となり、合格基準となる95%を超えました。SEEDステージで検証したかった『継続的にマッチングできるか』はクリアできたんです。

ただ、1つ思い違いがありました。ユーザーの使いやすさを重視して応募は無制限としていましたが、いざ始めてみるとごく少数のヘビーユーザーがほとんどの案件を押さえてしまい、週に少しだけ働きたいというライトユーザーに仕事が回らない状態になってしまったのです。そこで、同時に応募できるのは1人最大5件までと仕様を変更。こうした小さな改善を、2カ月の間に約50ほどやりました。もし最初からアプリを作っていたら、開発のリードタイムは約3倍になっていたと思います。小さく始めたからこそ、迅速な対応ができました」(今里氏)

短期間に改善を重ねたことで『エリクラ』はより使いやすいサービスになった。現在はALPHAステージに入り、スケールの可能性を検証中だ。

2回のピボットでたどり着いた障害者支援施設向けサービス

微修正にとどまらず、大胆なピボットをした新規事業もある。障害者支援施設向けの業務支援サービス『knowbe』(ノウビー)だ。起案者の岩田圭市氏は、2016年にRingに応募。当初は、メンタルの不調により休職した人の復職支援プログラムを、企業向けに提供するというアイデアだった。

新規事業開発室 アクセラレーション部 knowbe PJ推進グループ
岩田 圭市

しかし、各企業に散在する復職希望者を1人ひとり見つけてサービスを提供するのは難しい。そこで、復職の前段階で通う「就労支援施設」向けに狙いを軌道修正。就労のための学習支援サービスに切り替えたところ、Ringでグランプリを取り、事業化検証に進むことができた。

ニーズや収益性をクリアして ALPHAステージまで進んだところ、大きな壁に直面した。学習支援サービスは1施設当たり数人にしか使われず、スケールしにくいことが判明したのだ。通常ならここで事業ごと撤退するところだが、施設の現場を見た岩田氏は、ある根本的な問題に気づく。

「学習支援サービスは、就活段階に入った人向け。1施設当たりの利用者が少ないのは、そもそも、その段階に至る人が少ないからでした。その原因をさらに深掘りすると、施設の職員の方が多忙で、利用者1人ひとりへのきめ細かな支援が難しいという実情が見えてきました。 MVP、SEEDステージで、理論上は大きなニーズがあり収益性も高いことを確認していましたが、いざ現場を見たところ、想定とは違う部分が明らかになったんです。

そこで、実は職員の事務負担を軽減する業務支援サービスにこそ、大きな価値と市場があるのではないかという考えに至りました。改めてSEED/MVPと検証をし直し、想定どおりニーズが強いことを確認できたため、現在は学習支援サービスと並行して業務支援サービスを展開しています」

現場で新たな兆し、ビジネスの可能性が見えれば、フェーズを巻き戻してでもベストな道を探り当てるという点に、リクルートの戦略の特徴がある。そうすることで慎重にサービスの本質を見極め、真の提供価値に近づくことができるのだ。

新規事業が一発でスケールし、「正解」にたどり着けるケースはほとんどない。最初から最短距離を目指して大きくスタートするより、小さく生んで修正しながら育てたほうが、結局のところ早くゴールにたどり着くというわけだ。リクルートが、リソースを潤沢に持つ大企業でありながら新規事業を小さく始める背景には、そうした確固たる戦略がある。

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