リクルート新規事業「惜しい案」と「勝つ案」の差 事業開発に進めるか否か、明暗を分ける基準は

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創業以来、数々の新事業を創出してきたリクルート。そのベースになっているのが、年間1000件近いアイデアが寄せられる新規事業提案制度「Ring」だ。もともと熱量の高い人材が集まっている同社だが、新規事業開発室 部長の渋谷昭範氏は「Ringの審査において、人は見ない」とキッパリ。実際に事業開発に進む案件をどのようなメソッドで選んでいるのか。リクルートが培ってきた科学的なアプローチを紹介しよう。

事業開発に進むのは年に5〜6件というガチンコ勝負

リクルートの新規事業提案制度「Ring」は、1982年のスタート以来、数々の新規事業を世に送り出してきた。「ゼクシィ」「HOT PEPPER」、最近では「スタディサプリ」も、Ringから生まれた事業だ。

実際にRingから生まれた事業の一例

興味深いのは、数十年の歴史の中で、つねにRingの仕組みが進化し続けている点だろう。2021年に各事業会社を統合したリクルートだが、時期を同じくしてRingもバージョンアップ。これまで培ってきたノウハウにリクルート流・最新のメソッドを加えて、確固たる戦略を携えた、今の時代にふさわしい制度になった。

現在、Ringには毎年1000件近い応募があり、5~6件が実際に新規事業開発のステップに進む。特徴は、全社員が応募できるボトムアップ型であること。渋谷氏は、上も下もないガチンコ勝負であることを強調する。

「既存の事業部では、人を見て『この人に経験を積ませよう』と新規事業を任せることもあるでしょう。しかし、Ringに社歴や担当業務は関係ない。あくまでも起案の内容にフォーカスして審査します。起案者側にとっても、立場や年齢、年次とまったく関係ない視点で審査されるという点は大きな魅力のようです」

評価が分かれるアイデアほど、爆発力を秘めている

新規事業というと、先端のテクノロジーを活用したものや、エッジの立ったアイデアをイメージするかもしれない。しかし、渋谷氏は「技術的な新規性は必要ではありません」という。

あえて技術的な新規性を追わないのはなぜか。それは「『誰のどのような課題をどのように解決するか』、つまり誰にどんな価値を提供できるのかという点(提供価値)に重きを置いているから。現場の社員は、誰よりも市場に近いところにいます。一般にはこういわれている、こうだと思われているけれど、本当は多くの人が課題を感じているのはここなんだ! という、解くべき本当の課題を特定することが重要だと考えているんです」(渋谷氏)。

審査は、新規性以上に重要な4つの観点――提供価値、市場性、事業性、優位性――を基に行われる。「応募期間は例年4~6月の約2カ月で、その後1次審査に入ります。この段階ではとくに、上述の『提供価値』を重視しています」と渋谷氏は明かす。

リクルート プロダクト統括本部 新規事業開発室 部長
渋谷 昭範

注目は、その審査方法だ。提供価値が高いかどうかは、実際に事業をやってみなければわからない部分が多々ある。それを審査員1人の経験や知見だけでみると主観的・感覚的判断になってしまう。そこで1次審査では、1件のアイデア当たり多い場合で10数人の審査員(既存事業の部長やプロダクトの責任者、新規事業開発室メンバー)がレビューすることで、客観性を持たせている。審査員は一つひとつのアイデアをレビューし、「とてもいい」「NGだ」といったフラグを立てていく。

ただし、「とてもいい」が多くつけばいいという単純な話ではない。渋谷氏はこう明かす。

「全員に高く評価されたアイデアは、過去にすでに検討されていたり、競合があるケースが多いんです。可能性を感じるのは、『とてもいい』というフラグを立てた審査員と『NGだ』というフラグを立てた審査員が両方いるアイデア。議論が活発になるということは、それだけ世の中に具体的な課題が存在していて、かつそれをあぶり出せているという証拠だからです。

審査員のレビューが完了した後は、私たち新規事業開発室でさらに絞り込みますが、担当者によって見立てが大きく食い違った案件を優先的にチェックしています」

エントリーからAWARD受賞まで、ステップを踏むRingの審査プロセス

1次審査を突破した約30件のアイデアも、しかしそれだけでは不十分。「市場性」「事業性」「優位性」のすべてで、仮説が論理的に整合しなければならない。

「市場性は、どれくらいの市場規模があるか。当社の規模からすると、最低でも100億円は見込めるものが期待されます。事業性はつまり収益性のことで、顧客から対価を得られるか、継続的に収益を得られるビジネスかを見ます。いちばん難しいのは『優位性』ですが、最低限、当社のポジショニングに加え、他社との違いは何かということくらいは明確に説明できなければいけません。発想が新しかったり、着眼点がよかったりするだけでは足りず、これら4つの基準をクリアしてようやく『いいアイデア』と判定されるわけです」

さらに8月ごろから約4カ月間の「ブラッシュアップ期間」に入り、「市場性」や「事業性」「優位性」の精度を上げていく。起案者に、インキュベーターと呼ばれる新規事業開発室の伴走者がついて、アイデアをブラッシュアップしていく仕組みだ。「起案者の見積もりは、粗かったり甘かったりすることが多いので、インキュベーターがいわば”家庭教師”になって、課題特定からビジネスモデル、市場試算の精度を高めていきます」。

その後、12月に新規事業開発室で2次審査を行い、5~6件を選定する。既存事業部でひそかに進んでいる案件との兼ね合いなど、経営レベルでしか判断できないことを確認してもらうため、役員による最終審査へ。翌2月には、春から新規事業開発に取り組む案件を最終決定する。

さらにイベントとして「Ring AWARD」を開催して、グランプリを選出。オープンな場で表彰することで、受賞者のみならず、次のRingに応募を検討している社員の気持ちを盛り上げていく。

事業開発未経験者でも、チャレンジしやすい仕組み

こうした選定プロセスを見ると、勢いと熱意だけでは新規事業開発にたどり着けないことがわかる。事業をブラッシュアップし、通常業務とは違った視点、立場から問いを立て、客観的な数字を基に検証を繰り返すことが求められる。

ただ、それを知って腰が引けてしまう社員もいる。一方で有望な新規事業開発には、アイデアの母数を増やすことが不可欠だ。そこでRing事務局は、事業開発経験のない社員向けにさまざまなサポートを行っている。

「エントリー前の段階で、事業開発のイロハを解説した『Ring NOTE』を配布します。また、ノートを基にしたワークショップも開催。アイデアをビジネスモデルに落とし込む技術や、それを企画書にするときの文章化の技術、市場調査のインタビュー技術などを教えます。これらで起案するために必要な知識やスキルは身に付けられます」

この段階で、アイデアを人に話しながら深めていく“壁打ち”の仕組みも用意されている。既存事業で表彰を受けた実績を持つ社員たちをアドバイザーに迎えた「Ring Meet」だ。渋谷氏は「あの人に会ってみたいという軽い気持ちでもいい。刺激を受けて、エントリーにつながってくれれば」と話す。

Ring Meetでは、リクルート社内のアドバイザーから意見やアドバイスをもらうことができる

1次審査を突破した約30組には、上級編講座である「ブートキャンプ」を提供している。資金の使い方や事業開発に必要な法務知識など、より実務的な内容の全13講座が計10時間以上用意されている。また、壁打ちの「社内サポーター」もユニークだ。

「Ring Meetがリクルート既存事業領域の専門家たちとの壁打ちだとしたら、社内サポーターは領域外の壁打ちです。例えばリクルートが手がけていない生命保険領域で相談事があれば、『生命保険業界から転職してきた人はいませんか』と全社に呼びかけられます。毎回、さまざまな質問に対して、合計200~300人くらいからすぐに反応があります」

社内サポーターは完全ボランティアで、協力してもなんの報酬も得られない。にもかかわらず多数の手が挙がるのは、長年かけて積極的に新規事業を提案する風土を培ってきた、リクルートならではの事象だろう。

新規事業提案は、アントレプレナーシップや専門知識がある人だけに許された特別なチャレンジではない。足りないところがあれば仕組みで補い、挑戦者を支えていく。それが今の時代のリクルートらしい、戦略にのっとった新規事業提案制度のあり方だ。

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