官・民・住民の総力を結集させた「スマートシティ」 人中心のまちづくりと企業間エコシステム形成
「令和版スマートシティ」のいちばんの特徴は?
スマートシティというキーワードが注目されるのは、実は今回が初めてではない。2000年代初頭、スマートグリッドやスマートエネルギーに象徴されるように「環境」や「エネルギー」の文脈で取り組みが盛り上がったことがあった。当時は単一的なテーマで語られることが多かったが、今回は様相が異なるようだ。デロイト トーマツ コンサルティングの松山知規氏は次のように解説する。
「近年は環境問題に加え、高齢化や都市化・過疎問題など、まちづくりにおける重点テーマが多様化しました。具体的な施策も、単にエネルギー効率を上げるというより、人々の生活にひも付くソフト的なものにシフトしています。まさに『人間が中心である』ことこそ、今回のスマートシティのトレンドです」
前回とはスマートシティに関わるプレーヤーの顔ぶれも違う。前回の「環境」「エネルギー」というテーマはほぼ全国共通で、専門家を中心に議論、実装が進められた。しかし今回は、地域によってテーマや解決策が異なる。例えばモビリティをテーマにした課題にしても、公共交通が高度に発達した都市部では「最短・最安で動ける、モビリティ間のシームレスな連携」が1つの課題になるが、公共交通網が少ない地方では「高齢化に伴う自動車社会からの脱却と公共交通の持続可能性」が課題になる。
同社の中村司氏も「このような、『都市部と地方』という2区分なら難易度が低い。しかし現実には、同じ地方都市でも『どこにどうバスを走らせるか』『そもそも移動の目的はどこにあるか』など、地域特性に応じて個別の課題を抱えています。まずは課題を明確に特定する必要があり、そこには地域住民の参加が欠かせません」と語る。
自分たちのまちを自分たちでよくしていく
スマートシティ実現の重要なファクターとなる地域住民には、サービスを享受するユーザーとしてだけではなく、自らスマートシティをつくりあげていく当事者意識も求められている。新しいテクノロジーをまちに実装する際には、市民の中から最初の一歩を踏み出す人、いわゆる“ファーストペンギン”が現れないと浸透しないからだ。自分たちのまちは自分たちでよくしていく――。その意識が高まらないと、「人中心」のスマートシティは実現しない。
いささかハードルが高い気がするが、松山氏は「人間は、根源的にまちづくりが好きなもの」と期待を寄せる。
「昔から自治会や町内会、マンションの管理組合に象徴されるように、コミュニティ運営をやってきた地域は多い。近年、こうした取り組みが薄れつつあったのは事実です。しかしテクノロジーの進化により、多くの人が参加しやすい環境が出来上がってきています。例えば平日昼間に開催される行政のタウンミーティングに参加できない現役世代も、デジタルツールを使って意思決定に関わることが可能になってきます」
プロジェクトを実証実験で終わらせないために
行政、民間企業、地域住民が同じ船に乗り、連携しながら進めていくのが、これからのスマートシティのあり方だ。この全体像をデザインして、複数の事業者をつないでいるのがデロイト トーマツ コンサルティングである。
中村氏は、「私たちはコンソーシアムやジョイントベンチャーなどの形で多様なプレーヤーをつなぐ支援を長年続けてきました。その知見は、スマートシティの座組みづくりにも生かせると確信しています」と胸を張る。
「われわれは、さまざまなスキームでのまちづくり会社を組成してきました。任意団体から、社団法人や財団法人、複数社の資本提携を含む株式会社・合同会社の設立まで支援してきています。その中で感じたこととして、重要なのは『複数の企業が同一の船に乗ること(すなわち、リスクとリターンを共有する座組みをつくること)』そして『検討・推進のフェーズに応じて、船の形を変えること(関係各社がより深くリスクとリターンを共有し、コミットメントできる座組みに変えていくこと)』だと考えています」(中村氏)
もちろん同社には、ほかにも独自の強みがある。
「従来、地方創生文脈でのまちづくりは地場のコンサルティング会社や地銀のシンクタンクが担っており、大手コンサルの関与はそれほど多くありませんでした。しかしデロイトは、全国に存在する地方事務所とも連携して、長年地域のまちづくりに携わってきましたし、グループ全体で自動運転やヘルスケアなどの専門家を多数抱えていますので、個別の技術やビジネスにも強い。まちづくりのアナログな部分の手腕と、ドメインの広さ。この両方を備えているファームは多くありません」(中村氏)
多様なプレーヤーが参画するプロジェクトは、それぞれの思惑に違いがあることから頓挫してしまうことも多い。実際、スマートシティのプロジェクトも、プレーヤーごとに見ている景色が違うと利害調整の難しさが生じ、実証実験で終わりがちだ。
「実は、そうしたプロジェクトほどコンサルティング会社の力が試されるんです」と中村氏は語る。「社会実装を進めるには、『まち』としてのビジョン・目指す姿を、各企業が共有・自分事化しつつ、各社における具体的なメリットを示し、事業投資として取り組んでもらうことが重要です。メリットといっても、直接的なものに限りません。例えば防災や医療は収益化が難しい領域ですが、まちの魅力が上がれば間接的にプレーヤーのビジネスにもプラスになるでしょう。
そのためには、住民・関連各社を交えた場で、このまちとしての課題を同一粒度で捉えたうえで、将来の青写真を作り込む過程が必要になります。単に課題といっても、見ている角度や射程、粒度が変われば、目指す姿も大きく異なります。XX年後にどういった状態を目指したいのかを、交通や消費、金融、防災などの各領域の専門家を交えて、目線をそろえていき、各主体が自分事として語れるようになることが不可欠です。そのうえで、各社・行政を交えた『持続的な』ビジネスモデルをつくっていくことが必要です。単なる一過性の補助金などに頼っている状態では社会実装への道のりは遠いままとなります。住民や来街者などの受益者に十分な価値を感じてもらい、対価を支払ってもらえるような、価値創出を考えるべきですし、関連各社においては、その価値創出のための仕組みにおいて、自社の強みを生かしてマネタイズできるような、そういったエコシステムを形成することが重要です。
デロイトは、これまでの支援経験を通じ、先述した座組みづくりや、青写真の設計、持続的なビジネスモデル・エコシステムの形成それぞれにおいて、ノウハウ・知見を有しております。これこそが、われわれが各地のスマートシティづくりの現場で選ばれている理由です」(中村氏)
「西新宿」を舞台に始まっている、新しいスマートシティ
すでに進行している取り組みもある。西新宿のスマートシティプロジェクトだ。オフィスビルが集積する西新宿は、「働く以外の来訪目的」を見いだしづらいことが長年の課題とされてきた。
「西新宿は中央公園の周辺に住宅街があり、北側には高層マンションも立ち、意外に地域住民が多いエリアです。そこで生活する人を巻き込むために、2020年『西新宿スマートシティ協議会』が設立されました。メッセージアプリを使って情報発信したりアンケートを取ったりして、課題解決を目指しています」
一般的に都市の再開発は大手デベロッパー主導で行われるが、「西新宿スマートシティ協議会」の事務局は、東京都と一般社団法人新宿副都心エリア環境改善委員会で構成。後者は西新宿に本社ビルを持つ鉄道会社や損害保険会社、学校法人など民間企業がメンバーで、企業同士の連携で動くプロジェクトも立ち上がっている。
例えば20年、損保会社が未来の自動車保険を見据え、西新宿で自動運転の実証実験を行った。自動運転の技術はスタートアップと連携。5Gの活用が不可欠となるため、通信会社もプロジェクトに加わった。さらに21年にはインフラの観点から検証を行うため、建設会社がリードして実証実験を実施している。
「いずれは地元住民の方もサービス利用者としてだけでなく、まちづくりの当事者として関わる関係性まで持っていきたいです」と、松山氏は期待を寄せる。
重要なのは、各事業者が、スマートシティという船に乗り続けることで「何らかのメリットを持ち帰れる」持続的なスキームをつくること。デロイトのノウハウによって、人中心のスマートシティが実現する日も近そうだ。