組織は「理想の働き方」をどうつくる? 想定外の時代に不可欠な「価値観の多様性」とは

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コロナ禍を機に普及したリモートワーク。PwCコンサルティングの調査結果(※1)によれば、8割以上の企業がリモートワークを恒久的な働き方の1つとして採用することを検討している。一方で、多くの企業がコミュニケーションやマネジメントの課題を感じていることも判明。この課題を解決して、ハイブリッドなワークスタイルを確立するにはどうすればいいのか。政府の雇用制度改革をリードし、生産性向上のためのリモートワーク導入を唱えてきた慶應義塾大学教授の鶴光太郎氏と、企業の組織人事・戦略策定、チェンジマネジメントのプロフェッショナルであるPwCコンサルティング パートナー北崎茂氏、ディレクター鈴木貞一郎氏が語り合った(聞き手はアナウンサーの魚住りえ氏)。

リモートワークの普及と浮き彫りになった課題

魚住 コロナ禍によって、世界中の企業で働き方が大きく変わりました。現状をどのようにご覧になっていますか?

鶴 最大の変化はリモートワークの普及です。コロナ禍で、準備不足の企業でも導入せざるをえなくなりましたが、「案外対応できるじゃないか」と思った人が多いと思います。私も以前は、細かいニュアンスを伝えるには対面が必須ではと考えていましたが、今やリモートで十分です。ただ、もちろん課題はあります。これまでは机を並べて仕事していたので、周りが何を考えながら働いているか確認しやすかったけれど、今はコミュニケーションが取りにくくなったといった声はよく聞きます。

鶴 光太郎
慶應義塾大学大学院商学研究科教授。(独)経済産業研究所プログラムディレクター/ファカルティフェロー
オックスフォード大学D.Phil. (経済学博士)。経済企画庁、OECD経済局、日本銀行などを経て2012年より現職。13~16年に内閣府規制改革会議委員(雇用ワーキング・グループ座長)。近著に『AIの経済学――「予測機能」をどう使いこなすか』(日本評論社)

鈴木 PwCコンサルティングの調査(※1)からも、そうした状況が明らかになっています。企業・従業員の双方とも、リモートワークの成功度合いについて「うまくいっている」「おおむねうまくいっている」との回答がそれぞれ70%以上ある一方で、企業の79%、従業員の63%が「コミュニケーション機会の減少」を課題に挙げました。課題を分析した結果、リモートワークの課題には「コミュニケーション」と従業員同士の「コラボレーション(協力)」、そして「マネジメント」と大きく3つあることが浮き彫りになってきました。

北崎 多くの企業は、今後リモートワークを前提とした働き方を構築しようとしています。つまり、新たな働き方や仕事の進め方、マネジメントの方法を再定義すべきタイミングに来ている。そうすると当然、組織文化そのものを見直す必要があるでしょう。この大きな挑戦にどの程度腰を据えて取り組めるかが、日本企業に問われていると思います。

北崎 茂
PwCコンサルティング合同会社 パートナー
人事戦略/制度設計、人事部門構造改革、人事情報分析サービスにおけるPwCアジア地域の日本責任者。組織設計、中期人事戦略策定、人事制度設計から人事システム構築まで、組織・人事領域に関して広範なプロジェクト経験を持つ。(一社)ピープルアナリティクス&HRテクノロジー協会理事、HR総研客員研究員

「働き方の多様性」実現に向けてすべきこと

魚住 組織文化、カルチャーを変えるというのは、日本企業があまり得意とする分野ではないような気がします。

北崎 おっしゃるとおりです。弊社が実施している組織文化調査(※2)でも、日本企業は組織文化を変えるチェンジマネジメントは得意ではないという結果が如実に出ています。組織文化を変えるには、継続的にトップがメッセージを発信し、より現場を巻き込んで浸透させる施策を行う必要があります。また、日本企業は既存のビジネスモデルを安定的に回す階層構造が強い組織モデルが主流なため、変化を前提としたオペレーションモデルに今後変わっていくことが求められるようになるでしょう。

 日本は長らく、新卒一括採用によるメンバーシップ型雇用を中心としてきました。共にさまざまな業務外活動をしたり、お酒を酌み交わしてプライベートの話を聞いたりして組織の一体感を醸成してきたわけです。それをリモートワークで再現するのは難しいという声がある一方で、例えばメタバースを活用してレクリエーションをしたり、バーチャルで職場と同じ環境を再現したりといった動きも出てきています。

つまり、「これは絶対に難しい」と思い込んできたことが今、取り崩されてきています。コロナ禍で顕在化した最大の問題は、「多様な働き方」と「テクノロジーの活用」が実現できていなかったことですが、工夫次第でかなりの部分が克服できると私は考えます。実は限界など存在しないという認識を持ち、改革に挑戦していくことが、ニューノーマルの働き方や組織を考えるうえで重要ではないでしょうか。

鈴木 おっしゃるとおりですね。加えて、マネジメント層が「新しい働き方の目指すべき姿」を示す、ということも重要です。前述の調査でも、「働き方の目指すべき姿が示せていない」という企業が4割近くあり、どの場所で働くかだけでなく、「どういうスタイルで働くか」を定め、社内に発信していくことが、ハイブリッドワークを推進するうえで不可欠だと思います。弊社では、会議のあり方や偶発的な雑談をどう生み出すかなど、具体的なシーンごとに必要なマインドや工夫を発信しています。

鈴木 貞一郎
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター
組織・人事戦略、タレントマネジメント、チェンジマネジメントを中心としたコンサルティング領域に従事。新しいワークスタイルを考慮した業務プロセス、IT環境、オフィス環境、組織、人材制度など働き方改革や改革施策のモニタリングモデルの確立をリードしている

北崎 実は、人それぞれ生産性を高められる場所は異なると思います。これは、多様性(ダイバーシティー)の概念とも通じます。多様性というといまだに、性別や国籍といった「属性」の視点からばかり語られがちです。これからは、個々の価値観に焦点を当てて、画一化した枠組みではなく、それぞれに合ったマネジメントや働き方の選択肢を提供し、生産性やエンゲージメントを高めていくことが重要と考えています。当然ながら、こうした取り組みはオーダーメイド型での施策となるため、より大きな投資をかける形となりますが、そうしないと長期的には従業員を引きつけることができず、企業競争力を失うリスクすらあると思います。実際、近年はダイバーシティーをはじめとする人的資本に対する各企業の取り組みに対して、投資家を中心として高い関心が集まってきています。さらに欧米では、その1つとして「リモートワークの状況」が注目されるようになってきています。

従業員との「つながり」の有無が、企業間格差に直結

魚住 企業価値を高めるためにも、働き方に多様性の視点を取り入れなければならないということですね。これを実現するために日本企業はどうすればいいのでしょうか。

魚住 りえ
慶應義塾大学卒業。日本テレビにアナウンサーとして入社。フリーに転身後、ボイスデザイナー・スピーチデザイナーとしても活躍。著書『たった1日で声まで良くなる話し方の教科書』(東洋経済新報社)がベストセラーに。『たった1分で会話が弾み、印象まで良くなる聞く力の教科書』(東洋経済新報社)もヒット中

 コロナ禍やウクライナ情勢の悪化など、想定外のことが毎年のように起こっています。企業は、つねに想定外に向き合って変化し続けなければ生き残れません。でも、とりわけ伝統的な大企業の人事評価は、減点方式ですよね。失敗した人を落とすのですから、挑戦できなくなって当然。試行錯誤を評価するシステムに変えなくてはなりません。

もう1つ踏まえておきたいのは、働き方の多様性を生かすには「求心力」が必要だということです。そのカギとなるのは、企業のパーパスやミッションの策定です。自社がどんな存在意義を持ち、何を目指しているのかを経営者が定め、従業員と共有しなければ、組織としての一体感が醸成できません。それは、昔“飲みニケーション”で醸成していた「一体感」とは別物です。それを理解している企業とそうでない企業の差が、だんだん大きく出てきていると感じています。

北崎 昔の一体感は、終身雇用を前提に成り立っていたものだと思います。雇用の流動性も高まり、多様なバックグラウンドを持つ人が集まっているのですから、そこをつなぎ合わせるパーパスやミッションに対する考え方は、各企業の中で、これまでにないほど重視されるようになっています。リーダーはそれを力強く発信し続けていくことが求められますし、従業員も積極的にアイデアを出し、今後の働き方というものを共創していく必要があります。

鈴木 他方で、部門の壁に阻まれてしまい、変革の意欲はあってもサイロ的な動きにとどまってしまうケースがよく見られます。価値観の似た者同士や、役職・部署が近い人たちでいくら話し合って発信しても「ナラティブ」な共創構造はつくれません。一部の意見だけを取り入れた極端な発想になってしまうリスクもあります。リモートワークにより従業員のワーク・ライフ・バランスが向上したことをメリットと感じている企業は、調査の中でも7割を超えています。この点を押さえつつ、固定観念的な働き方を再定義しながら、さらに生産性を上げていくことを目的として、企業は新しいハイブリッドワークスタイルを検討していければいいと思います。

魚住 変革を目指す企業は、パーパスやミッションを明確化し、従業員との共創構造をつくることが欠かせないのですね。それが「想定外」が常態化した時代を生き抜く力となり、「真の多様性」につながるということがよくわかりました。本日はありがとうございました。

※1 出典:PwCコンサルティング合同会社×ProFuture社 - ワークスタイル調査2022―日本企業におけるワークスタイル変革の現状と展望

※2 出典:PwC Japan グループ - グローバル組織文化調査2021―組織文化:今こそ行動を起こす時

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