日本企業の「DX現在地」と、変革実現のカギは? ITモダナイゼーション成熟度にみる企業の差

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ビジネス環境が不安定な昨今、デジタル戦略が企業変革に果たす役割は大きい。そのうえで重要となるのが、上質なデジタル基盤の整備、ITモダナイゼーションだ。変革に挑む日本企業が、デジタル化を成功させ、変革を実現させるために必要なことは何か? 企業経営とデジタル化やDXの関係性、トレンドに詳しい東京大学大学院教授の柳川範之氏と、企業の経営・テクノロジー戦略策定のプロフェッショナルであるPwCコンサルティング パートナーの荒井慎吾氏が語り合った(聞き手はアナウンサーの魚住りえ氏)。

日本企業のDX、なかなか進まない理由と課題

魚住 2018年に出された「DXレポート」(経済産業省)では、DXの遅れにより、25年以降に約12兆円の経済損失が発生すると指摘されました。それからの3年半の間で、日本企業のDXはどの程度進んだのでしょうか。

柳川 DXに大きく舵を切った企業は数多くあります。しかし、要求されていたスピード感は全体としてはまったく達成できていないと思います。理由としては大きく2つ。まず1つは「政府や公的機関の手続きにおいて、デジタル化が遅れがちなこと」で、企業もこの影響を受けています。ただ、これはデジタル庁の創設によって今後スピードアップするのではと期待しているところです。

もう1つは企業側の要因で「働き方を変えられない難しさ」です。デジタル化によって、不要になる仕事や新たにAIに関連する仕事が生まれることにより、企業に所属する人の働き方や仕事のあり方は変わらざるをえません。ところが当事者が変化に追いつけていない部分もあります。

柳川 範之
東京大学大学院経済学研究科教授
東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。経済学博士(東京大学)。主な著書に『法と企業行動の経済分析』(第50回日経・経済図書文化賞受賞)『日本成長戦略 40歳定年制』『東大教授が教える独学勉強法』『Unlearn(アンラーン)人生100年時代の新しい「学び」』(共著)など

荒井 DXは今や、どの業界でも経営アジェンダとして挙げられるテーマになっています。ただ柳川先生がおっしゃるとおり、明確な成果が伴っているケースはまだまだ多くはありません。これまでDXが「各事業部門独自の取り組み」にとどまっており、企業全体の変革につなげる大きな絵を描けていなかったことが背景にあると考えられます。

一方、ITモダナイゼーションの観点からは別の課題が見えてきます。多くの日本企業は、これまでのモダナイゼーションの過渡期を乗り越えてきた古いシステムを維持・改善しながら活用してきました。現存している古いシステムを刷新することは困難であり、通常のアプローチでは時間がかかります。

変化に対応できる企業とできない企業の差はさらに拡大

魚住 コロナ禍は世界中の企業に大打撃を与えました。PwCコンサルティングが調査したコロナ禍における売上高への影響を、ITモダナイゼーションの成熟度ごとに見てみると、売上高が増加した割合は、ITモダナイゼーションの成熟度が高い企業で「約60%」となりました。一方で、そうではない企業では「21%」にとどまり、大差がついています(※)

荒井 この差は今後、もっと広がっていくと思います。これまで対面のみで顧客にリーチしていたビジネスで、どうデジタルチャネルを使って新しい顧客体験を提供するかを考えたとき、カギになるのはやはりテクノロジーです。

魚住 どのように活用すればいいのでしょうか?

荒井 最新のテクノロジーを適用できるような態勢を整えること、ビジネス環境の変化に応じてITを含めたビジネスのプラットフォームを柔軟かつ迅速に変更できるようにしておくことが大前提です。ニューテクノロジーを使える企業と使えない企業、ビジネス環境の変化に柔軟かつ迅速に対応できる企業とできない企業では、今後さらに大きな差がつくと思います。

荒井 慎吾
PwCコンサルティング合同会社 パートナー
テクノロジー視点から、デジタルトランスフォーメーションに関わる企業・組織・オペレーション変革や、業務変革を伴うシステム導入、インフラ刷新、企業買収に伴うITデューデリジェンスからPMIに至るまで幅広いコンサルティングを提供する

柳川 コロナ禍によって、企業のデジタル化が進展したことは間違いありません。こうしたデジタル化は、コロナ禍だけでなくさまざまな環境の変化に対する企業の柔軟かつ迅速な対応を可能にしたと思います。この先、予想外の事象が発生した際にもデジタルを活用することで、各企業・業界が迅速に対応し、戦略を立てられるでしょう。これこそが、デジタル化の功績ではないでしょうか。

DXを成功させるため、経営層がすべきこと

魚住 DX実現は、企業が生き残っていくうえで必須ということですね。では、企業は今後、DXを成功させるためにどのように変わっていくべきなのでしょうか?

荒井 これからは、企業単体で競争環境を生き残っていくことは難しくなるでしょう。そのため、各企業でビジネスを推進するだけではなく、企業間の連携やバリューチェーン全体での変革が求められていくと思います。PwCは、複数の企業を含めた産官学連携の構想や実行において多くの知見を持っていますので、そうした企業・業界の垣根を越えた変革の支援が可能です。

柳川 つい自社だけで何かを大きく変えようとしがちですが、デジタル化の本質は今までできなかった企業間の連携や、新しいビジネスを生み出せる点にこそあると思います。ただ、これは「言うは易く行うは難し」で、そう簡単にできることではありません。いきなり連携を目指すのではなく、まずは抽象的でもいいので、全体像や変革の方向性を決めることが重要でしょう。

魚住 そうなると、企業のトップが、変革を通じてどのような方向に向かっていくのかをいま一度しっかりと示すことが大切なのでしょうか?

魚住 りえ
慶應義塾大学卒業。日本テレビにアナウンサーとして入社。フリーに転身後、ボイスデザイナー・スピーチデザイナーとしても活躍。著書『たった1日で声まで良くなる話し方の教科書』(東洋経済新報社)がベストセラーに。『たった1分で会話が弾み、印象まで良くなる聞く力の教科書』(東洋経済新報社)もヒット中

荒井 まさにそうですね。DXの成功要因の1つには、経営層のコミットメントがあります。ビジネスモデルや組織を大きく変えるとき、経営層の本気度は従業員に伝わります。意思とメッセージを明らかにし、従業員に示すことはとても重要です。

柳川 もう1つ大事なのは、従業員の「デジタル化によって自分の仕事や働き方はどう変わるのか」という疑問に答えること。現場のリーダーやマネジメント層が、経営層のメッセージを受けて「現場をこう変える、こう変わる」と具体的に示すことです。それによって、従業員の安心感やモチベーション、エンゲージメントが高まっていくでしょう。

パーパスが浸透しているからこそできる、柔軟な対応

魚住 日本企業が「変革」を実現し、先行き不透明な時代に生き残っていくために大事なこととは何でしょうか?

荒井 今のビジネスシーンで重要なのは、スピードやアジリティー(俊敏性)だと思っています。もしビジネスが計画どおりに進まなければ、柔軟に方向転換する。前例や成功事例に縛られず、状況に応じて変えていけることが、変革のカギとなります。ITモダナイゼーションで俊敏に対応できる仕組みを整えておけば、企業が大きなビジョンを掲げたときに、どんどん出現する新しいテクノロジーを活用し、スピード感を持ってビジネスを成長させられるでしょう。

柳川 デジタルを活用し、柔軟性を持つこと、変化に対応できるようにしておくことは不可欠ですね。加えて、そういった技術的な部分だけではなく、従業員のマインドや企業のカルチャーも重要です。日本企業は一般的に、一度決めた路線を突き進み、結果を出すという点に強さがあり、これはすばらしい特徴ですが、一方で、現在は初志貫徹にこだわりすぎると適切に対応していけない時代だと思います。方向転換を失敗と考えるのではなく、環境が変わったので新しい方向を目指さなければいけない、という柔軟な発想が今後は大事になっていくのではないでしょうか。

魚住 企業がこういった柔軟な方向転換をするのはなかなか難しいですよね。

荒井 そうですね、ただすべてを変える必要はなく、企業が意思決定するうえで、残すものと壊してゼロからつくるものをフラットに見極めることが求められています。もう1つ重要なのは、ゴールやプランを変えなければいけない際に、会社としての方向性を示すビジョンやパーパスをしっかりと設定しておき、それをつねに社員に対して伝え、対話しておくことです。

柳川 おっしゃるとおりです。パーパスのような会社としての大きな方向性はしっかりと持っていないといけない。それを持っていないと、柔軟と言いつつもどこに向かっているのかがわからなくなってしまいます。

荒井 そして社員一人ひとりもそれに共感し、パーパス実現に向けて、何が必要なのかを“自分ごと化”して考えながら自走していくことが必要だと思います。そのためには、経営層がいかに社員との会話を通して共創的な価値をつくれるか、ナラティブなアプローチでビジョンやパーパスを共有できるかが重要ですね。

魚住 パーパスという「変わらないもの」を共有できているからこそ、変革が可能になるのですね。DXの推進に取り組む企業にとって大事なヒントをいただきました。ありがとうございました。

※出典:PwCコンサルティング「2021年DX意識調査―ITモダナイゼーション編―」