企業変革を浸透させる「ナラティブ」とは? 1社での課題解決が困難な今こそ必要な発想

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コロナ禍をきっかけに社会は大きく変化し、時代は転換期を迎えている。新しいビジネスモデルやエコシステムの構築といった「ディスラプション」(破壊的変化)を通じて、変革に挑む企業には、どんな姿勢が求められるのか。著書『ナラティブカンパニー』が大きな話題を集めているPRストラテジストの本田哲也氏と企業の経営・事業戦略策定のプロフェッショナルであるPwCコンサルティングStrategy&のパートナー・北川友彦氏が語り合った(聞き手はアナウンサーの魚住りえ氏)。

「共感」をもとにした振り返りこそ企業変革の第一歩

魚住 企業は今、これまでにないほど変革の必要に迫られています。一方で、思いどおりに変革を進められないジレンマを抱えているのではないかとも思います。

本田 私は長年、国内外の多くの企業と仕事をしていますが、そこで感じるのは、「変革」に日本企業が慣れていないということです。変革というのは組織のあり方を根っこから変えることを指しますが、過去の成功体験や慣習にとらわれ、その本質的な改革にはなかなか至らない現実があります。

北川 そうですね、例えば自動車業界なら、従来は自動車の生産・販売をしていればよかったのですが、今は違う。デジタル化の進展で業界の垣根が取り払われようとしている昨今、他企業や他業界と手を組む「クロスインダストリー」を活発化し、常識にとらわれないサービスを設計することが必要になっています。

本田 哲也
PRストラテジスト 本田事務所 代表取締役
『PRWeeK』 誌の「世界でもっとも影響力のあるPRプロフェッショナル 300人」に選出。「PRWeek Awards 2015」にて「PR Professional of the Year」受賞。1999年に世界最大規模のPR会社フライシュマン・ヒラードの日本法人に入社。2006年ブルーカレント・ジャパン代表。2019年より現職。著書に『戦略PR』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)『ナラティブカンパニー』(東洋経済新報社)など。国連機関のアドバイザーなどを歴任。世界最大の広告祭カンヌライオンズで公式スピーカーや審査員を務めている

魚住 経営層をはじめとする一人ひとりが意識を変えていく必要がありそうですね。

北川 はい。そのためにまず重要なのは、自社の存在意義(パーパス)を突き詰めて考えることです。自社は何のためにあって、その実現のために自分には何が求められているのか。顧客は誰で、どんな価値を提供するべきなのか。具体的な商品・サービスといった方法論にいきなり走るのではなく、根本を自律的に見つめることが変革の第一歩です。

本田 おっしゃるとおりです。その際に役立つのが「エンパシー(共感性)」です。顧客が何に悩み何を欲しているのかを把握できていない状態では、「わが社の商品・サービスはすばらしい!」と語っても、共感する人は限られる。大きく複雑な課題の解決が求められる今後は、北川さんが指摘されたように、クロスインダストリーの取り組みが重要となるでしょう。異なるカルチャーや思想、他社への共感性や想像力をどれほど豊かに持てるかが問われています。

あなたの企業で「パーパス」は浸透しているか

魚住 個人間ならともかく、企業として他者への共感性や想像力を持つのは簡単ではない気がします。

本田 一昔前は、企業から顧客へ一方的にメッセージを送るのが常でした。いわば、ステージ上から聴衆に「わが社の売りはここ!」と訴えていたようなもの。ステージも、そこに上がる主役も自社だったわけです。一方で、他者へのエンパシーを持つことが重要になった現代では、ステージはもはや社会全体で、主役は顧客(他者)です。企業は、社会を構築する一人ひとりと対話することでニーズに耳を傾け、時に彼らを巻き込みながら、よりよいサービスをつくっていかなければならない。今こそ、この「ナラティブ」構造に思いをはせなくてはなりません。

魚住 「ナラティブ」ですか。

本田 はい。ナラティブは「ストーリー」と同義に考えられがちですが、最大の違いは、ナラティブが「共につくる」「共に紡ぐ」構造である点です。誰かが誰かに一方的に伝えるニュアンスを含むのがストーリーなら、上下関係もなく、相互に作用しながら持続的に、未来に向けた物語を紡いでいく「共創構造」がナラティブです。

北川 確かに、企業を動かすのは従業員ですから、経営者・従業員一人ひとりが目の前の1人や1社に共感しながらとことん寄り添い、本当に満足されるものを共につくり上げるのが、選ばれ続ける企業になるために大切なことですよね。

北川 友彦
PwCコンサルティング合同会社 ストラテジーコンサルティング Strategy& パートナー
東京大学経済学部卒業、コロンビアビジネススクールMBA。機械製造業や部品・素材などの産業財分野を中心に、事業戦略、営業・マーケティング戦略、組織・オペレーション改革などのテーマで多様なコンサルティング経験を持つ

魚住 では、ナラティブな発想へと自社を変革していくには、具体的にはどうしたらいいでしょう。

本田 まず社会というステージにおける自社のパーパスを見いださなくてはなりません。これがないと、何を「共に紡ぐ」のかが見えません。

北川 とくに大企業が注意すべきは、トップがパーパスを決めて終わりになるリスクです。経営者は、従業員にパーパスを腹落ちさせ、ステークホルダーに対して、本田さんのおっしゃるようなナラティブなアプローチをしなくてはならない。そのためには、社内に影響力のある発信者を増やし、“自分ごと化”を連鎖させていくのが有効です。PwCは「社会における信頼を構築し、重要な課題を解決する」をパーパスとしていますが、これをリーダーメッセージに含めて、グループ内に繰り返し共有しています。これによりパーパスが、自分たちがあらゆる決断を下すうえでの依り所として機能している実感を抱いています。

人気企業より「人気ナラティブ」に人が集まる時代

魚住 社外向けのアプローチを本格化させるに当たっては、どのようなことに留意すればいいでしょうか。

本田 まず、自社を客観視することです。世の中から客観的にどう見られているかは「パーセプション(社会的認識)」と呼ばれます。まずは調査などを通じて、自社が社会からどう見られているかを理解し、それをどう変えたいのかをはっきりさせます。そのうえで取り組むべきは「ナラティブスクリプト」の作成です。ステークホルダーと共にどのような物語を紡いでいくのか、1000~1500字ほどで描くというものです。いわば、脚本ですね。

北川 私たちもクライアントの未来シナリオを策定することがありますが、これをナラティブに簡潔に描くとなると、要点を絞り込む必要がありそうですね。

本田 実は、字数を抑えるのがポイントの1つです。「わが社」だけが主語ではないのも、作成するうえで難しいところ。他者からどう見られているか、何を求められているかという視点が抜けがちなんですよね。

魚住 そんなときこそ、自社を客観的な目線から評価する外部パートナーのサポートが効果を発揮しそうな気がします。

魚住 りえ
慶應義塾大学卒業。日本テレビにアナウンサーとして入社。フリーに転身後、ボイスデザイナー・スピーチデザイナーとしても活躍。著書『たった1日で声まで良くなる話し方の教科書』(東洋経済新報社)がベストセラーに。『たった1分で会話が弾み、印象まで良くなる聞く力の教科書』(東洋経済新報社)もヒット中

本田 そのとおりです。ただ、勘違いしてはいけないのは、パーパスやナラティブといったものは「本質的な答えは99%、その企業の中にある」ということです。それを可視化・言語化するに当たってサポートを受けるのはいい選択ですが、“丸投げ”してしまっては意味がありません。

北川 私たちも、支援に携わる際は最初に「ご自分で決めるよりも大変ですよ」とお伝えしています。社内からは出てこないであろう意見を伝えますし、いただいた案にダメ出しもします。そうして、あるべき未来に向けた土台を共につくり上げていくのです。

本田 私は「人気企業よりも、人気ナラティブに人が集まる時代だ」とよく言うのですが、ナラティブに共感して物事を選ぶ傾向は、社会全体で年々強くなっている気がします。一人ひとりがナラティブを意識して組織に浸透させていくことが、組織全体が変革するための必須要素だと思います。

北川 顧客のニーズを考えるのと同じで、社内外を問わず、目の前の相手のことを愚直に考える姿勢が大切ですね。それが結果的に企業変革につながっていく。本田さんとの対話を通じて、改めてそう実感しました。

魚住 社会の変化による共感の重要性の高まり、企業から顧客への主役の変化、共創型のビジネスモデルへの転換……。こうした時代だからこそ、企業変革にナラティブなアプローチがいっそう必要なのですね。本日はありがとうございました。