「お前にはまだ言わなかったかね。もう言っておいたつもりじゃったが。ありゃ手段というもんじゃ。尊王攘夷というのはね。ただ幕府を倒す口実よ。攘夷、攘夷といって他の者の志気を鼓舞するばかりじゃ」
あくまでも有馬がのちに語っていることであり、このやりとりが、どこまで実際に行われたものなのかはわからない。いくら西郷でも戊辰戦争の最中に、ここまで胸中を明かしはしないのではないかという気もする。
だが、その後の新政府がとった、攘夷とは正反対の欧化政策を考えると、「攘夷は口実」という西郷の言葉にリアリティを感じるのもまた事実である。有馬が話を大げさにしている可能性はあるが、少なくとも新政府がとった開国の方針に「裏切られた」と感じた者は少なくなかったようだ。
列強には武力ではなく外交で渡り合うべき
それでも大久保はあくまでも現実主義を貫いた。大局観を持って国家の行く末を思えば、新政府で薩摩や長州ばかりが権勢を振るうことや、できもしない攘夷を掲げて外国と敵対することは得策ではない。

ならば、大久保はどのように外交方針を考えていたのか。慶喜が大政奉還を行う約半年前の慶応3(1867)年6月の日記で、次のように書いている。
「真ニ外夷ト戦ハントスルノ道ハ唯筆ト墨ヲ用フルニアリ」
列強と本当の意味で戦うための道は、筆墨を用いる――。
つまり、欧米諸国に対して武力で立ち向かうのではなく、外交で渡り合うべきだと大久保は考えていた。大久保からすればそれこそが「真の攘夷」であり、そのための近代化へと道を日本はひた走ることとなった。
(第26回につづく)
【参考文献】
大久保利通著『大久保利通文書』(マツノ書店)
勝田孫彌『大久保利通伝』(マツノ書店)
松本彦三郎『郷中教育の研究』(尚古集成館)
西郷隆盛『大西郷全集』(大西郷全集刊行会)
日本史籍協会編『島津久光公実紀』(東京大学出版会)
徳川慶喜『昔夢会筆記―徳川慶喜公回想談』(東洋文庫)
渋沢栄一『徳川慶喜公伝全4巻』(東洋文庫)
勝海舟、江藤淳編、松浦玲編『氷川清話』 (講談社学術文庫)
佐々木克監修『大久保利通』(講談社学術文庫)
佐々木克『大久保利通―明治維新と志の政治家 (日本史リブレット)』(山川出版社)
毛利敏彦『大久保利通―維新前夜の群像』(中央公論新社)
河合敦『大久保利通 西郷どんを屠った男』(徳間書店)
家近良樹『西郷隆盛 人を相手にせず、天を相手にせよ』 (ミネルヴァ書房)
渋沢栄一、守屋淳『現代語訳論語と算盤』(ちくま新書)
鹿児島県歴史資料センター黎明館 編『鹿児島県史料 玉里島津家史料』(鹿児島県)
安藤優一郎『島津久光の明治維新 西郷隆盛の“敵"であり続けた男の真実』(イースト・プレス)
萩原延壽『薩英戦争 遠い崖2 アーネスト・サトウ日記抄』 (朝日文庫)
渋沢栄一『徳川慶喜公伝全4巻』(東洋文庫)
家近良樹『徳川慶喜』(吉川弘文館)
家近良樹『幕末維新の個性①徳川慶喜』(吉川弘文館)
松浦玲『徳川慶喜―将軍家の明治維新増補版』(中公新書)
平尾道雄『坂本龍馬 海援隊始末記』 (中公文庫)
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