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FTA・EPA国際通商ルール対応戦略 羽生田 慶介(デロイト トーマツ コンサルティング
レギュラトリストラテジー リーダー)

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2014年6月末に閣議決定された「日本再興戦略」改訂2014 の最終ページに、「日本企業の海外ビジネスを支える制度的基盤を整備するため(中略)国際標準を各国の規制に紐づける『Standards×Regulations 戦略』を推進する」という項目が挙げられた。この「Standards×Regulations戦略」はこれまで聞き慣れない言葉かもしれないが、これが今後官民でルール形成を推進するための基本の考え方となる(図表3)。

ルールを「ルール」と呼んでいるうちはすべてのアクションが「陳情」の域を出ない。いわゆるルールに相当するものは日本語では規格、標準、基準、規制……とさまざまあるが、整理すると英語の「Standard」と「Regulation」に分けることができる。たとえば、前述の事例では、タイでドイツ自動車工業会が仕掛けたのは税的な恩典(一種のRegulation)を受けるための技術要件(Standard)へのロビーイングだ。また、ダイキンの事例はエアコンにも環境配慮を義務づけるEUのRegulationにおける省エネ効果の「測り方」というStandardに対する成功事例と整理できる。

この「Standard」と「Regulation」の整理なしにルール形成を行おうとすると、いわゆる「的外れ」な陳情となる可能性が高い。すなわち、攻めるべきが標準や技術要件(Standard)の場合と規制や恩典、罰則(Regulation)の場合とでは、討議のアポイントを採るべき機関や部局も違うし、コンセンサスを形成すべきステークホルダーも異なることを理解することが、ルール形成を実際に進める第一歩となる。日本において各業界団体が「各国の制度上の課題」として各社のアンケートを取りまとめ、国内外の「当局」に提出してはいるものの、課題の本質をStandardとRegulationに分解したときに、正しい相手に声を届けることができている項目がいくつあるだろうか。

また、新聞等で大々的に報じられる「日本発の技術が国際標準を獲得」という慶事も、「その標準(Standard)に適合すれば、どんな規制(Regulation)をクリアできるのか(または恩典を得られるのか)」という問いに答えることができなければ、ビジネスの観点からは祝杯にはほど遠いと感じざるをえない。すなわち、Standard単体ではビジネスインパクトを持たないため、Standardに対するRegulationの紐付けが必要であり、これを政府が国家戦略の中核に据えたというのが先の閣議決定なのだ。この決定を反映し、2014年7月に経済産業省は通商政策局のなかに「ルール形成戦略室」を新設した。この組織では、従来の業界団体による中央官庁への裃かみしもをつけた意見陳述ではなく、(国内で明らかな企業間コンフリクトがない範囲での)個別企業からのルール形成相談も受け付けることとなる。これはついに、ルール形成が企業戦略の「一丁目一番地」と呼ぶべきテーマであることを政府も認識したことの表れと捉えてよいだろう。

国際通商ルール対応力の強化なしに
グローバル競争に勝てない

FTAやEPAのような国際通商ルール対応が企業の重要テーマとなったのは、WTO交渉が頓挫した最近5~10年のことだ。それゆえ、各社とも自社が十分戦略的にこれに対応できているとは言えないのが実態だろう。ただし、すでにその巧拙によって明確に競争力・収益性には差が出始めている。

今後2020年までには、アジアやアフリカ等の新興国におけるルール形成競争がますます盛んになる。ここで競争相手となるのは、ルール形成の経験豊かな欧州(彼らにとっては100年以上前から世界はすべて新興国と言える)や国力維持の正念場として国際ルールづくりに躍起になっている米国、そしてアジアにおけるルール形成のみならず、ISO取得による自国製品の国際信用力強化に多くのリソースを投入し始めた新たなルール大国としての中国だ。これに対し、「日本発」のルール浸透を常に目的に据え、日本企業がすべて正面から戦いを挑むことは必ずしも合理的ではない。既存の欧米ルールから「いいとこ取り」をすることも賢い選択の1つだ。

各社はまず、自社をとりまく国際通商ルール(FTA・EPA)やその枠組みの外においてもStandardとRegulationの別を正しく認識し、自社に影響の大きいものとそうでないものを冷静に峻別する作業から始めたい。その上で、シナリオ別の影響を分析し、正しいステークホルダーと意図的にコンセンサスを実現する戦略的なロビーイングを行うことが求められる。

良い商品・サービスを提供していれば勝てる時代は終わった。今後は、良い商品・サービスの「良さ」が正しく評価されるルールづくりをすることも企業責任の1つとなるのだ。

(photo: Hideji Umetani)

注釈
*1 これに加え、米国とEUによるTTIP(環大西洋貿易投資パートナーシップ)も同時期の妥結をめざし交渉が進んでいる。
*2 各協定とも締約国間で見直し再交渉が行われる可能性があるため、適時の分析が求められる。

 

 
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