先日、SNS上で2枚の写真が拡散されていた。1986年のバブル時代と2011年の、入社式の写真である。
86年の若者の装いは、チェックのワンピース。白い靴を履いている者もいる。髪形も表情も個性的だった。一方、四半世紀後の入社式の写真の新入社員は黒のスーツ、黒い靴、まとめ髪の髪形まで同じだった。写真の選択が恣意的かもしれないが、識者が個性重視、ダイバーシティー重視と論じる中で、現実は多様性を歓迎しているとは言いがたく、ため息が漏れた。
19年の就職人気企業ランキングを見ると航空会社、保険会社、総合商社など誰もが知る大手企業が上位を占める。「大手」「安定」「高収入」は学生にとっては外せない条件であり、残念ながら多様性や個性は読み取れない。
しかしここで、令和の新卒は保守的だ、と結論づけてよいのだろうか。筆者は先日、採用面接・選考解禁間近の大学4年生からこんな話を聞いた。「就職活動は予定していない。やりたい仕事は今でもアルバイトでできる」。一元化されたリクルート活動に意味を見いだせないが、働くことには前向きで迷いは感じられない。志ある学生の中には複数社のインターンを経験した結果、皮肉にも企業でのキャリアに希望を見いだせず在学中からリスクを取り起業やNPOの道を歩む者も少なくない。
保守化は若者の演技
大企業に就職しない彼らは入社式の写真に収まることも、人気企業ランキングに一票を投じることもない。ゆえに写真や人気企業ランキングの結果だけで今の学生の価値観を説くことはできない。
入社式に参列している若者の本質も見誤ってはいけない。彼らは、企業側が建前上は多様性重視と発言しながらも、実際は扱いやすく行儀よい若者を求めていることを知っている。『振り付け』を指南する就職支援企業も増えている。学生は期待される新社会人像を演じる器用さと忖度(そんたく)を発揮している。保守的になっているのではない。
砕けていても中身は看板商品と一緒の煎餅を久助という。企業の求める人材を演じる新入社員の中にも久助はいるはずだ。むしろ、どれだけ多くの久助が紛れているか楽しみではないか。形は不格好で不完全でも、自分の意見を堂々と発言する荒削りな若手が、大人でも突破できない閉塞感を破り、世界で戦える強い事業を作ってくれることに懸けてみないか。
そして新入社員へ。そろそろリクルートスーツは脱ぎ捨て、臆せず自分の『異見』を主張してほしい。先輩は戸惑いの表情を見せても、深く考え発した異見であれば誰かがあなたに耳を傾けてくれるはずである。それが久助であるあなたに期待する役割だ。
(相思葉)



















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