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天皇陛下の生前退位も、いよいよ近づいてきた。「これで『平成』という時代も終わり……」という声を聞いて、いったんはうなづきながら、反芻(はんすう)してみて「はて」と首をかしげてしまう。
「平成」とは元号であり、現代の世界で元号を有する国は、ほぼ日本のみにすぎない。しかし元号という年の数え方は、史上の東アジアで普遍的だった。中国に起源を発し、その影響で国を建てたところでは、みな有していたものである。
中国はかつて至尊の天子・皇帝がしろしめす世界であった。そのため元号は皇帝制・君主制と密接不可分な関わりにある。天子の定めた元号を共有することで臣従を、強要することで君臨を可視化した。つまり中国に従うなら、中国と同じ元号を用い、背くなら違う元号を使えばよい。たとえば前者は朝鮮王朝、後者は日本だった。
皇帝制・君主制と不可分
そんな元号を変更するのを「改元」という。史上その動機はさまざまながら、天子・君主の決めることなので、自ずとそこにまつわる事柄が多い。天子の地位に関わる天地祭祀や瑞祥の例としては、「天鳳」「神龍」などがあり、また政治の姿勢・方針に関わるものでは、「元祐」「同治」などがそうである。最も多かったのは、「康熙」「乾隆」など、治世の安寧繁栄を祈念した、縁起のよい文字の組み合わせだろうか。
そして現代日本のような一世一元、つまり一人の君主に一つの元号というのも、やはり中国・明朝から始まったことである。帝権の強化をめざす一環だった。それを日本が明治・近代に採り入れたのも、やはり天皇を核とした国民国家の形成と大きな関係がある。
それだけにこのグローバル時代、帝王・君主の一身にしか関わらなくなった元号をことさら言い立てるのには、疑問を覚えざるをえない。すでに20世紀のはじめ、中国の皇帝専制体制の変革をめざしたジャーナリストの梁啓超は、「帝王の元号制度は文明が繁栄した今日、決して長続きできない」「いやしくも野蛮を極める時代でないかぎり、一世一元の制度などありえない」と断言した。
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