日本の高齢者医療はどうあるべきか。延命医療に詳しい東京大学大学院の会田薫子特任教授に聞いた。
──終末期の親に人工栄養(胃ろうや経鼻栄養)をすべきか、多くの子どもが悩みます。
長寿社会の日本では、老衰や疾患の最終段階になって口から食べることができなくなる人は増える一方だ。そのとき、人工栄養は必ず行うものと思わず、メリットとデメリットを考えてほしい。終末期に容体が悪化し、水分や栄養を受け付けなくなり、「快復」の可能性がないと医師が判断した場合、人工栄養が本人に苦痛を与えることも考慮すべきだ。
本人ができるだけ苦痛なく最期まで生きるために最終段階の生命の状態は自然に委ねるという評価が、世界的に確立されている。日本でも、日本老年医学会らがガイドラインを通じて啓発してきたため、過剰な延命医療は徐々に減ってきている。
──胃ろうは減った一方、病院ではたいてい終末期に点滴が行われます。
点滴は針を何度も刺し直す必要があり、高齢者には苦痛だ。それでも胃ろうなど人工栄養をしないと決めたとき、点滴まで控えるのは家族に心理的な負担がある。医師は家族に「せめて点滴ぐらいしてください」と言われると断れない。
──いつからが終末期か見極めづらい病状の場合、家族が治療の方針を決めることは容易ではありません。
脳梗塞や脳出血で一時的に摂食嚥下が困難になった高齢者であれば、リハビリで嚥下機能が回復する場合も多い。その場合の人工栄養はとても有効な治療だ。ただそうした高齢者の中には、脳梗塞を繰り返した結果、首から下の健康状態はまだある程度保たれているが、意思疎通が徐々にできなくなる人もいる。こうなると人は人工栄養で、年単位で生きることも少なくない。
このときの判断は医師でも難しい。寝たきりで体が拘縮していく中でも本人の尊厳が保てるか、医師らと家族が話し合うこととなる。生存期間の延長だけを物差しとすると、医療行為を控えたり、終了したりはできない。重要なことは、本人の人生観を物差しにして判断できるかだ。親が書いた「事前指示書」や「リビングウィル」が判断材料の1つになるが、事前指示書を書いた時点と終末期で親の気持ちに変化がないかも確認が必要だ。そのため、患者の意思を線でフォローする「アドバンス・ケア・プランニング」の実施が望ましい。
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