1995年に野茂英雄が米国に渡ってから、50人以上の日本人メジャーリーガーが誕生した。そして大谷翔平がポスティングシステムを利用して、米大リーグ、ロサンゼルス・エンゼルスへの移籍を決めた。北海道日本ハムファイターズに指名された2012年ドラフト会議前に「メジャー志望」を公言した高校生が、日本での5年間の実績を携えて、海を渡ることになる。
優勝と個人タイトルでポスティングの素地
球団を移籍する権利であるフリーエージェント権を持たない日本人選手が、メジャーリーグ球団と契約するための一番のハードルは、所属球団がポスティング移籍を認めることだ。ダルビッシュ有に続いて大谷を米国に送り込むファイターズと、両選手の成績を見れば、メジャーを目指すプロ野球選手の“キャリアプラン”が見えてくる。
まず高校卒業後すぐにプロ入りし、1〜2年目から一軍でめざましい成績を残すこと。次にチームを優勝させてファンにメジャー移籍を容認してもらうことだ。04年ドラフト1位で入団したダルビッシュは1年目こそ5勝に終わったが、翌年から6年連続で2ケタ勝利を挙げた。その間、3度のリーグ優勝と、06年の日本一に貢献している。
投手と野手の二刀流で話題を集めた大谷は、プロ2年目の14年に2ケタ勝利(11勝)と2ケタ本塁打(10本)を記録。15年は最多勝利など投手3冠に輝き、16年には2ケタ勝利、22本塁打に加え、100安打を達成、チームを日本一に導いた。5年で通算42勝を挙げた「投」、通算48本塁打を放った「打」の両方でファンを納得させ、メジャー移籍が実現した。二刀流を容認するエンゼルスで、大谷が投打でどんな活躍をするか注目される。
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