あおき・けいじ●1948年生まれ。71年日大理工学部卒業後、トヨタ入社。東富士研究所で研究開発に従事。2008年日本自動車研究所に出向。14年当社設立。
トヨタ自動車では入社してからずっと、静岡県裾野市にある東富士研究所で開発に携わっていた。最初はエンジン電子制御システムの開発業務をやり、その後は自動運転車の研究開発を担当した。定年になる前には愛知万博で自動運転バスの実用化開発にかかわった。
トヨタの中で自動運転という言葉を使うのは、長年禁じられていた。当時使われていたのは「運転支援」という言葉。自動運転が実現すれば、事故を起こした場合にドライバーではなくメーカーの責任になる。今でこそトヨタも自動運転という言葉を使うようになってきたが、当時は責任を避けるため、自動運転という言葉を使うのには及び腰だった。
私がいた部署は特に風当たりが強かった。飛行機や燃料電池、ハイブリッド、バイオテクノロジーの研究開発も行っていたが、周りからは「いったい何の意味があるんだ」と見られていた。今では主力になっているハイブリッド車の研究でさえ、「遊んでいるのか」と言われるほどだった。
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