郊外型百貨店の閉店が相次いでいるのは、私の担当していた『アクロス』(パルコのマーケティング誌)にも責任の一端があるのかもしれない。
百貨店が黄金期を迎えた1980年代後半は、日本人が中流を極めていく時代だった。86年、同誌で東急田園都市線沿いが「山の手」になっていくという「第四山の手論」を提唱した。その論理に乗っかるように上大岡の京急百貨店、聖蹟桜ヶ丘の京王百貨店、相模原の伊勢丹など、百貨店の郊外化が進んだ。
ただ、結局どこも成功しなかった。すぐにバブルがはじけたこともあるが、郊外の主流は「安さ」の文化。郊外に団塊ジュニア世代が住みだして伸びたのは、百貨店ではなくファストファッションのユニクロに中古本のブックオフ、カラオケボックスなどだった。それらが、バブルがはじけて以降に都心に攻め入った。
(千葉県発祥のドラッグストア)マツモトキヨシなども今は東京・銀座にある。銀座の街がどんどん原色の看板に染まっていくね。
加えて、海外高級ブランドの専門店も百貨店への脅威になっている。これらを初めて日本に誘致したのは、西武百貨店を中心とした百貨店なのだが、そうした高級ブランドは今は百貨店の外で出店を拡大している。
その結果、富裕層は高級ブランド専門店に行き、それ以外の層は安い店にしか行かないという二極化が進み、「中の上」を狙った百貨店は、存在理由をなくしてしまった。百貨店を小型店化する、専門店の集合体にするといった方策は、30年も前から言われていた話だが、なかなか成功していないようだ。
雑居ビル化した郊外型店
(複数のテナントが入った)郊外型百貨店? あれは、雑居ビルだからね。8月に一時閉店した渋谷パルコですら、最後はそうなっていた。この店はこういう方針で、こういう店を集める、ということが難しくなっている。郊外型百貨店がやっているのは、完全に不動産の発想。いちばん高い家賃を払ってくれるところを入居させる。
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