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キャリア・教育 #世界史

イラン ペルシャ文明の大国 民族、言語、宗派でアラブ圏と違い

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イランは中東で最も多い7000万以上の人口を抱える地域の大国である。国民の教育レベルや生活水準の点でも中東のリーダー的地位にある。経済制裁が続いてきたが今年解除され、国際社会に復帰した。今後、イランの影響力はますます強くなることが予想される。

イランは、歴史的には古代ペルシャからの歴史や文化、言語を維持している中東で数少ない国である。

世界遺産ペルセポリスのクセルクセス門(Bernhard Schmid/アフロ)

写真は世界遺産になっているアケメネス・ペルシャ帝国(紀元前550年〜紀元前330年)の遺跡ペルセポリスのクセルクセス門である。アケメネス朝は世界最初の広域王朝だった。西はギリシャ、エジプト、東はインドに領域が及んだ。その担い手がペルシャ人(イラン人)である。その後に続く、パルティア(紀元前247年ごろ〜紀元後228年)やササン朝(226〜651年)は、ローマ帝国に並ぶ大国だった。

7世紀に隆盛したアラビア人イスラム教徒に征服されて、帝国の国教であったゾロアスター教からイスラム教への改宗が進む。その速度は遅く、国民の半分がイスラム教になったのが9世紀ごろ。11世紀にほぼ9割がイスラム教になった。

しかし、ペルシャ語とペルシャ文明がアラビア語やアラビア文明に替わることはなく、古代からの伝統が維持された。つまり「イスラム教になったが、アラビア文明化されなかった」数少ない国である。これと対比されるのがエジプトだ。エジプトはピラミッドに代表されるように、ペルシャより歴史が長いが、今ではアラブの中心国になった。エジプト人の自画像はアラビア人である。

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