国家生存のために経済成長が必要と考え続けたリー・クアンユー氏。それを実行するためには反対勢力は不要で、かつ有能なエリートが政治を行うべきと考えた。そんな彼の、時には反自由主義、反民主主義的な考えや発言は、つねに批判の対象となってきた。
彼は、「シンガポールは豪州や英国、米国のような普通の国ではない」とし、「西欧的な民主主義はアジアにふさわしくない」と主張し続けた。これに対し、同じアジアの政治指導者からは異論が出され、リーと論争になったことがある。
その代表格が、韓国の故・金大中(キムデジュン)元大統領だ。リー氏が1994年、米『フォーリン・アフェアーズ』誌に「文化は宿命である」との対談を掲載、アジアには民主主義的な哲学と伝統がなく、これをアジア国家に求めるのは無理だと述べた。
これに対し金氏は、「アジアの国々の開発独裁を擁護するものだ」と考え、同誌に「文化は果たして宿命か」と題した反論を掲載した。
金氏は、近代民主主義の基礎を築いた英国の政治哲学者ジョン・ロックが「主権は国民にあり、国民との契約に依拠して指導者は統治権の委任を受ける。失敗した際には統治権は撤回されうる」としたものの、アジアにはロックの理論の2000年前から、孟子の「王道理論」のような、ロックと似たような理論が提唱されていると紹介。王は天の息子としてよい政治を施すべきという任務を天から委任され、王が悪政を行えば天の名の下に民は蜂起し、王を権力の座から追い出すことができることを、すでに孟子が示していると指摘した。
そして金氏は「儒教をはじめ民主主義の根本と相通じる思想があり、アジアにも西欧に劣らない深奥な民主主義哲学の伝統がある」と主張した。これに対し、リー氏が反論することはなかった。「その後の歴史が判断してくれるだろう」と考えたためだ。
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