「人的資本」の価値を引き出すパーパスの重要性 伊藤邦雄氏「制定と浸透のプロセスこそが大事」

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今や企業経営の重要なキーワードとなっている「パーパス」。企業の存在意義と訳されるが、なぜそこまで重視されるようになったのか。そして、どのような効果が期待できるのか。日本のコーポレートガバナンス改革を牽引してきた一橋大学名誉教授の伊藤邦雄氏と、伊藤氏の協力の下、2022年2月にパーパス「変化の先頭に立ち、最先端のその先にある技と知を探索し、未来を描き“今”を創る」を制定したマクニカ 代表取締役社長の原一将氏、および経営戦略本部副本部長の真野大治郎氏が話し合った。

パーパスとESGは密接な関係にある

真野 最近、「パーパス」への注目度が高まっています。なぜここまで重要視されるようになったのでしょうか。

一橋大学
CFO教育研究センター長 名誉教授
伊藤 邦雄

伊藤 1つは、ESG(環境・社会・企業統治)が重視されるようになったことが挙げられます。これは、アメリカで企業価値のドライバーが変わったことが大きいんですね。1990年代の後半から特許や人材、ブランドといった無形資産への投資がどんどん高まり、象徴的な存在としてプラットフォーマーと呼ばれるIT企業が生まれました。

では、無形資産をどうやって評価するかというと、バランスシートには記載されていない非財務情報なので、ESGを見るわけです。その1つとして、パーパスが注目されるようになってきました。

 私たちマクニカは、人材やテクノロジーの「目利き力」が強みですので、無形資産が重視されるようになってきた流れがよく理解できます。私自身も、無形資産が凝縮され、企業価値の源泉となったのがパーパスだと捉えています。

そこに私が気づいたきっかけの1つは、新規事業への取り組みでした。当社はずっと半導体やネットワークセキュリティのビジネスを展開してきましたが、今はAIやIoT、自動運転、ロボット、DX(デジタルトランスフォーメーション)支援など新たな領域にも積極的に取り組んでいます。

そうすると、初めてお会いするお客様にしてみれば、「マクニカとは何者か」となるわけです。強みや存在意義をしっかり伝えられないと、お客様との信頼関係は築けません。VUCAといわれる予測不可能な時代では、常に新たなチャレンジが欠かせないので、パーパス制定の必要性を強く感じました。

パーパス制定に欠かせない「ヨコの議論」

真野 マクニカのパーパス制定に当たっては、伊藤先生にもご協力いただき、何度も何度も社内で対話を重ねていく「壁打ち」をしました。それで感じたのは、自分が勤めている会社なのに、わかっているようであまりわかっていなかったということです。

伊藤 「会社がどういう存在か」というのは暗黙知に近いところがあります。だからパーパスの制定プロセスは非常に探索的なのです。方程式のように答えが見つかるものではなく、「壁打ち」をしながら会社と自分たちの存在意義を確認し合うことで、自社に対する洞察力を高めるプロセスともいえます。

マクニカ
代表取締役社長
原 一将

 伊藤先生との「壁打ち」の中でとくに印象に残っているのが、われわれの常識を因数分解したらより見えてくるものがあるとのご指摘です。それを受けて、上から下まですべての層の管理職がお互いの認識をぶつけ合ってきました。

伊藤 「パーパス・カービング」と呼ばれる手法ですね。それぞれのパーパスを掘り出し、言葉にしていくわけですが、この「掘り出す」という行為がとても大切です。個人のパーパスを掘り出してぶつけ合っていくと、だんだん組織や会社のパーパスと重なる部分が出てきます。とても新鮮で、かつ“自分事化”できるので、変革へのエネルギーやムーブメントとなっていきます。

よく、企業では経営陣でパーパスを作って社員に浸透させようとしますが、そうすると“自分事化”が難しくなります。経営陣と社員がタテの関係ではなくヨコの関係となって、組んずほぐれつの議論をしていくことが大切です。

これは、未来へ飛躍するために必要な作業でもあります。どんな会社なのか振り返るだけだと、過去の経緯や伝統に縛られる「経路依存性」に陥ってしまいます。常に「自分たちは何者なのか」と問いを重ねることで、ヒストリーに乗っかるのではなくそこを乗り越えていけるのです。マクニカでの対話はまさにこれで、毎回新たな発見が出てきてエキサイティングでした。

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マクニカが新たに制定したパーパス。制定に当たっては同社の経営陣だけでなく全部門の社員間で議論・熟考を重ね、「先進性」や「挑戦心」などの“マクニカらしさ”を盛り込んだ

精神的なつながりを強め、共創を促す基盤に

マクニカ
経営戦略本部 副本部長
真野 大治郎

真野 パーパスを起点に事業ドメインを決めたり、新たなビジネスモデルを創出したりすることを考えると、そうやって組織として“生みの苦しみ”を味わうことに意味があると感じました。

伊藤 社員一人ひとりのエンゲージメントや能力を高め、伝統的なメンバーシップ型雇用の限界を突破するきっかけにもなります。「個人のヒストリーを語ってもいい」となり、「会社の命令に従うべし」というマインドセットから解放されるからです。

2020年9月に経済産業省が公表した「人材版伊藤レポート」でも、人は資源管理の対象ではなく、すばらしい環境を提供すれば価値が向上する「人的資本」だと申し上げました。パーパスを制定し浸透させるのは、まさに人的資本の価値を高めるプロセスだと思っています。

 個人が解放されて自由になる意義は、社員だけでなく社外の多様なステークホルダーとの連携においても大きいと感じています。予測不可能な時代になった今、「これを目指すから一緒にやろう」といった価値観や志をベースとした共感が重要になってきますので。

マクニカは現在、自治体や幅広い業種の企業との共創活動を進めていますが、そのつながりは制度や物質的なものではなく、共感をもとにした精神的なものです。そうした意味でも、社内外のあらゆる関係性の基盤にパーパスを位置づけていきます。

伊藤 社会全体で共創の必要性が求められていますが、対話を重ねた経験で申し上げると、マクニカは非常に面白い存在だと感じています。シリコンバレーのようにアジャイルなところもあるし、日本的な協調性も持っている。しかも、誰よりも先にやろうとする「ファーストペンギン」の文化もある。日本にはあまりないタイプの企業なので、ぜひ未来創造の先鞭をつけていってほしいと期待しています。

 ありがとうございます。伊藤先生と「壁打ち」をする中で、「テクノロジーと言っているわりには温かみがある。そこがオリジナリティーなのでは」と言われたことは、私たちにとっても大きな発見でした。「明るく・楽しく・元気よく!!」というマクニカ伝統の文化を大切に、随時パーパスに磨きをかけていきたいと思っています。

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