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「ワクチン開発立役者」カリコ氏が逆境に勝てた訳 「研究は私の趣味」お金をそれ以外に使わなかった

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彼女自身、「私はセールスウーマンとしては最低」だと認めているが、RNAに関する自分の研究を説明するときに、彼女の頭の中は1分間に100マイルも進んでしまうという。あまりに速すぎて他の人が話に追いついていけない状況になってしまうのだ。

1995年、カリコ氏はペンシルベニア大学から降格を言い渡される。「成果を出すことができず、社会的意義のある研究とも思えない」というのがその理由だ。研究室のリーダーを降ろされることになったカリコ氏。未来を期待する科学者にとって、大きな後退だ。

「普通は、この時点で、人はバイバイと言って大学を離れるのよ。それだけひどいことだから」(カリコ氏)

「研究は私の趣味。他にお金はまったく使わなかった」

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ちょうどこの時、彼女にがんが見つかり、ハンガリーに戻っていた夫がビザの問題で出国できないというトラブルも重なった。

「どこか別のところに行こうか、何か違うことをしようか、とも考えたわ。自分には何か足りないのではないか、賢くないんじゃないか、と思ったの。いろいろ想像してみたんだけれど、結論はこうだった。『すべてはここにある。もっといい実験をすればいいのよ』」

カリコ氏は降格を受け入れ、大学にとどまることを選んだ。彼女が初めてペンシルベニア大学に来たとき、彼女の研究室は病棟の向かい側に建っていた。カリコ氏はいつもそこにいる人々に思いを馳せていた。

「同僚に対して、いつもこう話していたの。『私たちの科学をあそこにいる患者たちに届けなければならない』ってね。窓の外に見える病棟の患者さんたちを指さしながら『絶対にあそこに届けなくちゃ』と」

「研究は私の趣味。他にお金はまったく使わなかった。収入が減っても、私と家族の質素な生活を続けるには十分だったし、私自身は毎日楽しかった。仕事が娯楽だったのよ」

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