
こちらの内容は、エヌビディアが主催するオンラインイベント、「GTC21」にて実施したパネルディスカッションをベースとし、再構成したものです。
日本企業の年功序列が「変化」を阻む
――現在日本はDXとグローバル競争力の低下が著しく叫ばれています。この点についてどうお考えですか?
教授
松尾 豊氏
2002年東京大学大学院博士課程修了。博士(工学)。2007年より、東京大学大学院工学系研究科准教授。2019年より同教授。専門分野は、人工知能、深層学習、ウェブマイニング。2017年より日本ディープラーニング協会理事長。2019年よりソフトバンクグループ社外取締役。2020年より人工知能学会、情報処理学会理事
松尾 「DX」といえば、先日ある会議で面白い話になりました。「DXするならまず港だ。シンガポールは、船から荷物を降ろす工程がかなり自動化されている。港湾ほど自動化しやすい場所はない。そこから変えたらどうか」と一人が提案したのです※1。ところが、聞いていたほかの参加者は全員、「うーん」と止まってしまいました。なぜかというと、港湾は利権が強いから。荷降ろしは自動化が利くのですが、昔から外部から手を入れにくい領域なので、「それはそうですが……」と話が進まなくなったのです。
港湾の水深を深くして多くの船が接岸できるよう効率化を進めていけば※2、間違いなく競争力が上がります。シンガポールだけでなく、釜山や上海もそうしています。実にシンプルな話ですが、それができないところに日本の現状が表れています。メガプラットフォーマーがいる・いないといった問題以前に、私たちは答えが明らかな問題すら解けない状況にいるという認識を持つべきでしょう。
※1 現在、世界の港湾はトランシップ(貨物の積み替え)のニーズが高く、その対応で自動化や24時間化を進めている。しかし日本の港湾の貨物は自国向け中心で、トランシップへの対応が遅れている
※2 世界最大級のコンテナ船を接岸させるために必要な水深は18メートル。世界各国の主要港湾が大型船対応に向け埠頭の整備に動く中、日本で18メートルの水深を持つのは横浜港のみ
共同経営者
川上 登福氏
商社、GEを経て、IGPIに参画。DX・AI戦略、組織人事変革、新規事業開発、スタートアップ投資、産学連携等のPJを多数統括。株式会社経営共創基盤 共同経営者 マネージングディレクター、株式会社IGPIビジネスアナリティクス&インテリジェンス 代表取締役CEO、日本ディープラーニング協会 理事、他委員等多数
川上 DXのXはトランスフォーメーション。つまり改善ではなく、すっかりと形が変わる「変化」です。港の話も、おそらく表層のデジタル化は進むかもしれません。しかし、いざ改善ではなく変化をやろうとすると、「利権が」となってしまう。もう少し「悩みのステージ」を上げていく必要があります。
松尾 変化を嫌う背景には、構造的な問題があります。日本が競争力を持つ産業分野はいろいろありますが、おおよそどこも年功序列で、若い人が活躍しにくい環境にあります。一方、AIやITなど新しい技術の活用は若い人の活躍が不可欠で、組織内の環境と合わない。とくに大企業は売り上げの規模が大きく、それを捨ててまで組織を変えて新しいものに取り組むところまでいかないのです。
エンタープライズ事業本部
事業本部長
井﨑 武士氏
東京大学工学系研究科修了。日本TIにて、デジカメ、DVD、HDトランスコーダ等映像・音声処理プロセッサの開発を経て、デジタル製品マーケティング部を統括。その後エヌビディアに入社し、ディープラーニングのビジネス開発に従事後、現在エンタープライズ事業を統括。JDLA理事、NEDO技術委員
井﨑 北米や中国など海外の事例を見ていると、ビジネスの目的を定義して、それをAIなどのツールに落とし込んでビジネス化していくスピードが断然速い。それに対して日本企業は、企画から精査して、収益化できるかどうかという見通しまで立てて承認のプロセスに入ります。
川上 日本もスタートアップは速いですよ。例えば松尾研究室は、何か1つのものを完成させたら、その瞬間からその完成させたものをある意味否定し、新たなことを探し始める文化を持っています。AIなど日進月歩のテクノロジー領域は、つねにそのスピード感でなければ世界についていけない。
井﨑 世界のビジネスの様相は、ここ数年で大きく変わりました。例えばディープラーニングは毎日のように海外から論文が出てきて、そこで使用されているプログラムは公開されており、ダウンロードすれば誰でもその技術を使うことができます。エヌビディアでもNGC Catalogというソフトウェアハブを公開しており、学習済みのAIモデル、フレームワーク、転移学習ツールキットなど、誰でもすぐに開発ができる環境を提供しています。
技術は完全にボーダーレスで、国境も人種もない状況。ところが日本企業は、国内の閉じた空間、あるいは何かしらの規制で守られている空間に心地よさを感じていて、世界の急速なボーダーレス化に対応できていない。そこに日本企業の競争力低下の原因があるのでしょう。
大企業が強いのは「いくらでも失敗できる」こと
――大企業の問題について議論してきましたが、スタートアップとの連携についてはどのようにお考えでしょうか。
松尾 大企業が抱える構造的な問題を乗り越えるには、大企業自身が変わるだけでなく、スタートアップとの連携が必要不可欠です。スタートアップは大企業がやりづらいことをスピーディーにやっているプレーヤー。連携によって競争力を高められる可能性があります。
――スタートアップを経営する田村さん、那須野さんは、すでに大企業との連携で成功を収めている部分、そして苦労をされることもあると思いますが、お二人が日頃感じていることはありますか。
代表取締役
田村 浩一郎氏
東京大学工学系研究科 松尾研究室博士課程在籍。金融、ネットワーク分析、広告最適化などに対する機械学習の応用研究に従事。2017年、「アルゴリズムで社会はもっとシンプルになる」という理念を掲げACESを創業。学術的な研究を足場に、AI技術を社会実装することを日々意識し、事業を率いる
田村 事業は、失敗の回数をいかに増やせるかのゲームで、打ち手の数を増やして失敗しながら学ぶことが成功につながります。スタートアップは打ち手の数を増やすために、アルゴリズムやデータ、ナレッジがたまっていく仕組みをつくろうとします。一方で、大企業はたくさん失敗できる余裕があるものの、チャレンジするスタンスではないように見えます。そこはもったいないと感じますね。
代表取締役 CEO
那須野 薫氏
東京大学工学部を卒業後、同大学大学院工学系研究科修士課程を工学系研究科長賞を受賞し卒業。東京大学松尾研究室にて博士課程在籍中、2016年にDeepXを創業し、代表取締役CEOに就任。「あらゆる機械を自動化し、世界の生産現場を革新する」というミッションの実現を目指す
那須野 当初は大企業との言語や文化の違いに戸惑う部分もありました。大企業の開発はウォーターフォール型が多く、私たちはアジャイル型。言語もかみ合わないところからスタートし、うまくいくケースもあれば、残念ながら断念したケースもあります。うまくいったところを見ていくと、トップダウンで社長がやるぞと旗を立てていますね。また、プロジェクトのリーダーが、AIの知見を吸収していて、自社の言葉に還元して回していける方だと、私たちも付き合いやすくてうまくいくケースが多いです。
井﨑 経営層のリテラシーは重要ですよね。私たちの経験則で言うと、経営層が新しい技術を理解していて、それを使って自分の会社をどう変えていくのかを発信できる企業は変化できています。
川上 少し前にAIブームになったとき、「うちの会社もAIで何とかなりませんか」という話をよくいただきましたが、「まず皆さんの会社はどうなりたいのか」と質問をし、多くの場合そこから一緒に議論・検討しました。AIは強力なツールではあるものの、必要がなければ使わなくてもいい。「ハサミがあるから会社が変わる」ではなく、「何になりたいからこのハサミをどう使うのか」と考えるべきです。
田村 確かに最初にゴールが明確だと連携しやすいです。私たちACESは、2020年からメガネブランド「Zoff」を運営するインターメスティックと提携して、ヒューマンセンシング技術(行動認識技術)を用いたDXに取り組んでいます。今回は、「メガネを視力矯正器具にとどめず、人間の可能性を拡張するツールとしての価値を提示していく」というゴールがありましたので、方向性が定まっていて進めやすいですね。機械の"眼"と呼ばれるほどに発達した画像・映像認識AI技術が、人間の可能性を拡張していくことを目指し、Zoffとともに"眼"の本質に迫る面白い取り組みだと自負しています。
那須野 DeepXは、さまざまなメーカーと連携して自動化技術の開発をしています。例えば、大和ハウスグループで総合建設会社のフジタと17年から油圧ショベルの無人自動操縦の研究開発を行っています。今、建設業界では人手不足が深刻化しており、とくに油圧ショベルの操縦は熟練が必要で危険な現場が多い。そのため、オペレーターの完全なる無人化を目指して、われわれとの協業が始まりました。「自動化を進めることで、生産性・安全性向上の課題にともに挑戦していく」というビジョンを共有し、着実に目標に向かって前進しているところです。
ローカルな課題の解決を突破口にして世界へ
松尾 大企業と組んでよい化学変化を起こすには、スタートアップ自身の成長も欠かせません。その方法論は何か持っていますか。
田村 必ずしも最初から海外で戦わなくていいと考えています。技術に国境はありませんが、課題はそれぞれの国や地域独自のものです。日本は大きな課題がたくさんあって、課題がすでに解決されていることの多い米国よりずっと機会が多い。そこに勝機があるのかなと。
井﨑 確かに一般化されている課題だと、すでに世界に展開しているプラットフォーマーが有利です。日本にしかない課題で、日本の特別な価値をどう出していくのか。そこに日本の勝ち筋がありそうですね。
川上 ただ、課題が小さいと、「ある地方のこの課題が解決された」で終わるおそれがあります。ですから、この課題を解決することでほかも解決できるとか、課題の解決が再現性を持つことによって海外にも輸出できるというように、その後の切り出し方も大事です。とくにこれまでサービス産業は輸出が難しかったですが、AIやDXで再現可能性・再生産可能性が加わると、世界で新しいマーケットをつくれる可能性がある。どの舞台で課題を解決するかという話と、それをどうやってスケールさせるのかという話を、行き来しながら考えるべきでしょう。
――日本の産業界が抱える課題はどのようにすれば解決しうるのでしょうか。
松尾 スタートアップは数もスケールも拡大していく必要がありますので、私は大学からそのための人材を輩出していきたいと思っています。一方で、大企業側はいろんなプロジェクトを立て、前に進んでいくべきです。とくに経営者の方は、自社や産業領域を主体的に変えていく意識を持つことが大事です。そうやって大企業とスタートアップが進化してお互いに刺激を受け合うと、これまで見てきたような課題も解決できるかもしれません。
井﨑 エヌビディアではInception ProgramというAIスタートアップ企業支援のプログラムがあり、世界では7500社、国内も200社を超えるスタートアップネットワークを持っています。技術的、マーケティング的支援だけでなく、さまざまな企業とのビジネスマッチングも行っていますので、大企業側が抱える課題の解決の糸口になるかもしれません。
――どうすればスタートアップと大企業がより効果的に連携できるのか、日本企業が再び世界と戦えるグローバル競争力を得られるのかについて、引き続き議論をしていきたいと思います。
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