
カーボンニュートラルの目標実現に向け
地熱など再エネの利用拡大がより重要に
「低炭素化」の流れの中、国も最大限導入に言及
政府は昨年、日本が2050年までに温室効果ガスの排出と吸収でネットゼロにする「カーボンニュートラル」を目指すことを明言した。その実現に向けてはエネルギー分野の取り組みがとくに重要で、そのために、再生可能エネルギーを最大限導入することなどにより、安定的なエネルギー供給を確立する政策を示している。
世界のエネルギー情勢を見ても、欧米に加え中国もカーボンニュートラルを目指すことを掲げるなど、化石燃料に依存した経済活動や消費を抜本的に見直す「低炭素化」が世界の流れになりつつある。その観点からも再生可能エネルギーは重要性を増しており、21年に予定される次期エネルギー基本計画においても、50年のカーボンニュートラルに向けた道筋を示すうえでのポイントになるだろう。
現在、日本で利用されている再生可能エネルギーには、水力、太陽光、風力、バイオマス、地熱などがある。これらは大出力化には課題があるものの、発電時や熱利用時に地球温暖化の原因となる二酸化炭素をほとんど排出しないなど、さまざまなメリットを有している。
世界有数の地熱資源国・日本。安定性で注目の地熱発電
このうち、火山国である日本で高いポテンシャルを秘めているのが地熱だ。資源量を見ると、日本は米国、インドネシアに次いで世界3位の地熱資源国となっている。もちろん、それらすべてを発電などに利用できるということではないが、その活用を推進することには大きな意義がある。
地熱発電の特長としては、クリーンであることに加え、24時間365日安定した発電ができ、天候にも左右されない。さらに発電以外に熱水が2次利用できることも地熱ならではの大きなメリットだ。国産であることもエネルギー自給率を高めることにつながる。こうしたことから日本では地熱活用が東北や九州を中心に進められ、現在約59万kWの地熱発電設備容量を保有(20年12月現在)。30年までには、約3倍に拡大するという高い目標も掲げられている。
地熱の利用促進に関しては、地下の状態が地上から見えず、開発に経済的リスクが伴うことから、独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)による支援事業も展開されている。具体的には、ヘリコプターなどを使って広域を調査するポテンシャル調査や、その調査データの民間企業への提供。さらに、事業化を検討する企業が調査を行う際の助成や、掘削や噴気試験などの探査費用についての出資があり、実際に開発を進める際には、企業が金融機関から融資を受ける際の債務保証をするなどきめ細かい支援活動を行っている。
地熱活用のさらなる普及へ3つの「モデル地区」を認定
こうした中、JOGMECは地域と共生した持続可能な地熱開発を進めるため、19年に地熱資源を積極的に活用して農林水産業や観光業などの振興に取り組んでいる市町村を「モデル地区」として募集。北海道森町、岩手県八幡平市、秋田県湯沢市の3自治体を「地熱資源の活用による地域の産業振興に関するモデル地区」に認定した。それぞれの地区の取り組みは、地域の産業振興に効果を上げるなど、ほかの自治体にとって貴重なヒントになるものが多く、高く評価されている。
個々に見てみると、北海道森町は、函館から車で約60分の場所にあり、「いかめし」発祥の地として知られる。ここは活火山の駒ヶ岳山麓に広がる火山灰地で、街の北西の
ここでは、噴出する蒸気と熱水のうち、発電に使用しない熱水の一部が北海道電力から地域に無償で提供され、この熱水で作られた温水がパイプで農家に送られている。温水は農業ハウスの暖房に利用され、冬でもトマトやキュウリなどの野菜を育てる農家が増え、冬場の雇用対策にも貢献している。とくに冬場のトマトは高値で取引されることから採算がよく、森町の作物別販売額で1位である。
蒸気や熱水の利用により地域の魅力発信にも貢献
岩手県八幡平市は、66年に日本初の商用地熱発電所である松川地熱発電所が運転を開始し、稼働を続けている。71年に、発電所の蒸気による温水の供給を受けた地元のホテル、八幡平ハイツが成功を収めたことから、ホテルや別荘が相次いで建設され八幡平温泉郷の形成につながった。現在も地熱蒸気の一部を約800軒の施設に供給しているほか、保養所や福祉施設、農業ハウスなどでも熱水が利用されている。
地熱から特産品も生まれている。地熱蒸気で布地を染め上げる「地熱染め」は、八幡平の自然をイメージしたやさしい色使いで、スカーフなどが観光客に人気を博しており、地域では新たな産業創出に向けた市民参加型のワークショップも頻繁に開催されている。2019年には、JOGMECの支援を受けた松尾八幡平地熱発電所が本格稼働を開始した。
秋田県湯沢市は、「地熱のまち“ゆざわ”」として、長年にわたり地熱の活用を積極的に推進してきた。地域には火山活動の痕跡も数多く、「ゆざわジオパーク」として観光客を誘致。日本3大霊地の1つといわれる「
地熱発電所は1994年に
地球の恵み・地熱資源を多彩に生かす
「地熱のまち“ゆざわ”」の発信力
新たな発電事業も始動。さらなる産業振興へ
秋田県は、地熱発電やバイオマス発電が盛んで、再生可能エネルギーの利用を進めるうえでは極めて恵まれた環境にあり、中でも地熱発電はその大きな役割を担っている。今回訪ねた、秋田県南部に位置する湯沢市も、稲庭うどんや
市が位置する西栗駒一帯には小安峡温泉、秋の宮温泉郷、泥湯温泉などが点在し、日本有数の地熱賦存地帯といわれている。その地域資源を活用し、1994年には設備容量2万8800kWの上の岱地熱発電所が運転を開始。2019年には、出力1万kWを超える大規模地熱発電所としては国内で23年ぶりとなる山葵沢地熱発電所(4万6199kW)が運転を開始した。また昨年11月には、
さらに湯沢市では、発電以外にも地域の産業振興に地熱が生かされており、JOGMECから地熱資源活用の「モデル地区」に認定され、19年8月には「地熱資源を地域に活かす~湯沢市の経験を踏まえて~」と題したシンポジウムも開催されている。このように、湯沢市の取り組みの中にはほかの地域でも参考になるものが多い。ここでは、それらの中から注目すべき取り組みを紹介する。
熱水でハウスを温め真冬でも新鮮野菜を栽培
佐藤章さんは、湯沢市
ハウス内の温度は、熱水を引き込みパイプで循環させることで、真冬でも外気より10度以上高く保つことができる。「水耕栽培の肥料水もこの熱水を使って約20度まで温度を上げていますので、真冬でも野菜を育てることができます」とのこと。
現在、佐藤さんが栽培しているのは、パクチー、サンチュ、レタス、サニーレタス、フリルレタスの5種類。このうちパクチーは東京の豊洲市場に出荷し、それ以外の野菜は地元の飲食店など約10軒に納品している。「ただ、パクチーは週に5回欲しいという要望に対し、週3回しか出荷できていません」と、需要に追いついていない状況だという。ほかのサンチュやレタスも、飲食店からもっと欲しいという要望があるが、限られた栽培面積のため供給が追いつかない状況で、ハウスをもう1棟増やすのが当面の課題となっている。
それでも、地元では新鮮な野菜が手に入らないことから、朝収穫した野菜をその日の午後に飲食店に持っていくと、その鮮度に驚かれるという。「味も好評をいただいており、サンチュは苦みが少ないので、焼き肉用だけでなく、サラダにも使えると喜んでいただいています」とのことだ。
こうした地熱を活用した水耕栽培の取り組みは、ほかの地域からの注目度も高く、「地元に地熱資源のある岩手や福島、さらに北海道の農家の人たちが、視察に来られています」という。
今後の目標について佐藤さんは、「雪国でも、熱水を生かせば少しずつでも栽培量を増やしていけるので、1人でも多くの皆さんに1年中新鮮な野菜を届けたいです」と前を見据える。
地熱で牛乳を低温殺菌。全国的な人気商品に
栗駒フーズは1987年、当時の通商産業省から「地熱エネルギー利用モデル事業」の認定を受けて創業。小安峡温泉に工場を建設し、全国初となる地熱を利用した乳製品の低温殺菌加工を始め、30年以上経た今も地元の地熱資源を活用し続けている。
地熱エネルギーを利用したことについて、営業企画担当でヨーグルトマイスターでもある井上幸子さんは、「ここでしかできないこと、ここの特徴を出せるものということで、地熱を活用することにしました」と、当時を振り返る。扱う商品も、最初は牛乳だけだったが、コーヒー牛乳、ヨーグルト、アイスクリーム、ソフトクリーム、ジェラートなど多彩な商品を開発してきた。
現在、牛乳の殺菌方法は、130度で2秒間程度殺菌する超高温瞬間殺菌が主流だが、栗駒フーズでは地熱を利用し、65度で30分殺菌する低温殺菌法を守り続けている。「そうすることで、搾りたての牛乳の成分をほとんど壊すことなく、風味豊かで濃厚なおいしさが楽しめます」と井上さん。海外では低温殺菌を行っている国も多く、工場の直営店までわざわざ栗駒フーズの牛乳を買いに来る外国人のファンもいるという。
栗駒フーズの工場では、
この地熱を活用した企業活動により、2009年には環境省の「ストップ温暖化『一村一品』大作戦」に秋田県代表として出場し「優秀賞」を受賞。10年には、秋田県の環境大賞(地球温暖化防止部門)も受賞している。
栗駒フーズの乳製品は、秋田県のみならず首都圏などでも販売しているほか、ふるさと納税の返礼品としても人気が高い。また、通販も行っているので全国にファンが広がっている。井上さんに今後の抱負を聞くと、「環境にやさしく健康にも貢献できる商品で、地元湯沢市をさらに盛り上げたい」と明快な答えが返ってきた。
旅を通し地熱のまちの魅力をアピール
市民の手で観光促進策を企画立案
人のつながりを生み出す湯沢ならではの旅を企画
湯沢市の地熱資源は観光業にも活用されており、その魅力を多彩なツアーを企画して伝えているのが、「旅のわツアー」の齋藤あゆみさんだ。
秋田県にかほ市出身の齋藤さんは、高校卒業後に県外に出た後、海外経験も含めてさまざまな価値観の異なる人と出会うことで、自らも成長することを実感したという。「そうした人と人の出会いによって新しい価値を生むことを、地域でできたら地元の活性化につながると感じ、自分の経験からそれができるのは旅行だと考えました」と振り返る。
「そうしたチャレンジをするなら、やはり地元の秋田で」と考えたとき、「地域おこし協力隊」を募集していたのが湯沢市だった。協力隊の一員となった齋藤さんが最初に担当したのは、「ゆざわジオパーク」を活用したイベントやツアーの企画運営。ここで湯沢市の多くの魅力を知り、人とのつながりも増やしていった齋藤さんは、20年2月に「旅のわツアー」を設立し、旅行業を通した地域の活性化に取り組んでいる。
「旅のわ」のネーミングには、「人と人が旅を通してつながり『輪』が広がること、そして互いを理解し合って仲良くなり『和』ができること。そんな願いを込めています」という齋藤さん。ツアー企画で最も意識しているのは、旅のストーリー化とターゲットの絞り込みだと話す。

例えば、好評を得た「地獄の紅葉と極楽の美食ツアー」という企画は、単に紅葉や名所を見せるのではなく、案内人となったジオガイドが地獄のストーリーを語りながら人気スポットを巡り、参加者を楽しませると同時に湯沢市の魅力をアピールするもの。このツアーは反響が大きくすぐに定員に達したという。コロナ禍に対応したオンラインの冒険イベントも実施しており、県外からの参加者も多く、湯沢市を広く知ってもらう機会となっている。
産業振興や活性化に向け市民が企画委員会を運営
また、湯沢市では20年度から2カ年にわたり、地熱モデル地区プロジェクトとして、JOGMEC協力のもと、地熱資源を活用した観光促進事業計画の策定・実証を推進している。齋藤さんもプロジェクトメンバーの1人となっており、事業の1つである旅行商品を実行するランドオペレーターの役割を担っている。
このプロジェクトは、湯沢市の産業振興や活性化に意欲的な市民により企画委員会を立ち上げ、首都圏のコンサルティング会社も加わってもらい定期的に委員会を開催。地熱コンセプトブックを作成するとともに、既存のツアーとは一線を画しながら、地熱資源を前面に出して楽しんでもらえるツアーの企画や、お土産などとして湯沢市のPRに貢献できる商品の企画立案を進めている。昨年12月には、地熱資源を活用した地域の先進事例として、委員会のメンバーがほかの地熱利活用の盛んな地域の取り組みの視察を行い、貴重な知見を得ることができた。
このように、地域の宝である地熱資源を生かし、農業や食品加工、観光業など多様な分野で取り組みを展開する湯沢市。大地のエネルギーを地域振興に生かす「地熱のまち“ゆざわ”」のチャレンジは、地元を大いに盛り上げるとともに、ほかの地域からも注目を集めている。



