
スポーツ庁が「スタジアム・アリーナ改革指針」を発表
政府が掲げる成長戦略「日本再興戦略2016」では、スポーツの成長産業化が重要な戦略の1つとして掲げられている。
「その一環として、スポーツ施設の魅力や収益性向上のための施策が議論されています。2016年11月には、スポーツ庁から『スタジアム・アリーナ改革指針』も発表されました。これは画期的なことです」と話すのは、横河システム建築 取締役 常務執行役員の髙柳隆氏だ。
スタジアムやアリーナは地域のシンボルとなることもあって地方公共団体が「わが町にも」と建設することが少なくない。だが、建設したのはいいが、その後の維持管理費負担に悩んでいる地方公共団体も多いのも事実だ。
常務執行役員
髙柳 隆
「多くの地方公共団体において、スタジアムやアリーナは公共施設という位置づけになっているようです。このため、来場者を楽しませるという発想よりは、むしろ華美な機能を避け、最低限の簡素な設備にとどまっているものが主流でした」と髙柳氏が語るように、地域の人々を集客できる魅力を有しているのかという点では疑問もある。
「さらに、これまで、地域のスタジアムやアリーナはコストセンターとして捉えられており、公的負担をいかに軽減するかという点が議論の中心でした。しかし、『スタジアム・アリーナ改革指針』では『コストセンターからプロフィットセンターへ』として、施設の収益性の向上、すなわち、稼げる施設への転換が重要であると指摘しています」(髙柳氏)
とはいうものの、その実現のためには解決すべき大きな課題がある。例えば、施設の稼働日数の問題だ。地元のスタジアムをホームとするプロスポーツがあったとしても、プロ野球なら80日程度、サッカーなら30日程度しか試合日がない。
「それ以外の日はコンサートやコンベンションなど、多様な利用に対応し稼働率を高めることが必要です。『スタジアム・アリーナ改革指針』でも、多様な利用シーンを実現するための仕様や設備をあらかじめ検討することが必要だとしています。さらに、スタジアム・アリーナなどの施設を中心とした『スマート・ベニュー®』も提案されています」(髙柳氏)
スタジアムやアリーナは建設のために一定の敷地が必要なことから郊外に立地することが多かった。これに対してスマート・ベニュー®は、スタジアムやアリーナを街中など利便性の高いところに立地させることで周辺の商業施設や公共施設などと一体的な開発を行う考え方だ。
「スポーツイベントの来場者だけでなく、さまざまな人が利用することでにぎわいを創出し、地域経済の活性化にも期待ができます」と髙柳氏は話す。
天然芝のピッチを上下に昇降するシステムを開発
スタジアムやアリーナを「コストセンターからプロフィットセンターへ」転換するための大きなテーマとなるのが稼働率の向上だ。
「ただし、サッカーの公式試合に対応した天然芝のピッチを備えたスタジアムの場合、それがなかなか容易ではありません」と髙柳氏は指摘する。
というのも、天然芝のピッチの場合、その養生のために、オフシーズンであっても、頻繁に人を入れて芝の上でイベントをするというわけにはいかないからだ。
その課題を解決しようとしている施設もある。例えば北海道にある某ドームは、サッカーの試合がないときに天然芝のピッチ全体を屋外に移動させている。利用シーンは広がるがピッチを横に移動させるためには、当然ながらピッチ2面分の敷地が必要だ。広大な北海道だからこそできる手法である。
「そこで私たちは、街中など集客力の高い立地でも課題を解決できる方法を具現化しました。それがピッチを上下に昇降させるシステムです」と髙柳氏は紹介する。
「Phovare(ホバーレ)」と呼ばれるピッチ昇降システムは、横河システム建築と、スポーツ施設の設計などを手がけるクーダジャパン(河野久米彦代表)との共同開発で、天然芝のピッチが載ったステージにワイヤを取り付けて約80台のウィンチで吊り上げる。ピッチを上昇させればその下は広大なコンクリート床となっており、バスケットボールや、バレーボールなどのプロスポーツ、テニスやアイススケート、コンサートや各種イベントなどに幅広く使える。移動式のスタンドを備えていれば、観客数の異なるさまざまなスポーツ、イベントにも対応できる。
上昇したピッチは屋根になるが、その状態でも、公園やフットサルなどに利用できる。もちろん、十分な日照を確保できるので、芝のメンテナンスも容易だ。
「ホバーレ」なら、従来のスタジアムに比べて、利用シーンが広がり、稼働率が大きく向上することは言うまでもない。
「ピッチを横ではなく上下に昇降させるため、敷地に限りがある都心部でも有効活用ができます。商業施設などと一体化した、スマート・ベニュー®を実現するスタジアムの建設も可能です。さらに、上部アーチ構造体の設計が決まれば、客席などの移動や増減は柔軟に変更できますので、サッカークラブが昇格するのに合わせて、客席数を増設していくといったことも可能です」(髙柳氏)
上位リーグへの昇格に合わせてスタンド観客席を増築可能
高度な制御・免震で高い安全性と信頼性を確保
横河システム建築はプールなどのスポーツ施設のほか、大型スタジアムの開閉式屋根の建設などで豊富な実績を持つ。ノエビアスタジアム神戸(神戸市)、豊田スタジアム(愛知県豊田市)、香港沙田競馬場などでも同社のシステムが採用されている。
同社の高い技術力には定評があるが、例えばピッチの昇降時や地震などに対する「ホバーレ」の安全性や信頼性はどうなっているのだろうか。髙柳氏は次のように答える。
「『ホバーレ』の大きな特長は、ピッチに独自の内蔵フックを約80カ所程度設け、それぞれを80台程度のウィンチにワイヤでつないで上空に持ち上げることです。ウィンチの同期・同調(速度・位置・バランス)をコンピューター制御することで、ピッチ床の安定的な昇降を可能にしています。また上部アーチ構造体も含めた先進の免震システムにより、昇降時などに地震が発生した場合でも、ロック機能や免震システムが稼働するようになっています」
80カ所程度に及ぶ吊り治具は天然芝に障害を与えないように配慮されているというが、ウィンチも80台というと昇降作業は大がかりなものにならないのだろうか。
「先ほどお話ししたように、80台のウィンチはコンピューターで細かく制御されていますので、人はスイッチを押すだけでピッチの昇降ができます。たくさんの技術者が付きっきりで位置を確認する必要はありません。昇降時のコストもほぼ電気代だけです。さらにフックやウィンチが多いことによるメリットもあります。フックが80カ所ということは荷重がかかる場所も80カ所に分散されます。このため、たわみや曲げモーメントも小さくなるため、ピッチ床を軽量化することができ、ピッチ床の厚みも2メートル程度に抑えることができます」(髙柳氏)
さらに、ピッチ床のピットも作らずにコンクリート土間をGLラインと同レベルとすることで、各種イベントへの変換も容易にすることができるという。
「このほか、設計や施工、メンテナンスなどにおいては、鉄道システムなどのライフサイクルにわたる国際的なマネジメント規格であるRAMS規格をベースに行っており、冗長性を確保しているほか、長期間における信頼性・安全性の確保を目指しています」と髙柳氏は自信を示す。
気になる価格だが「施設によって異なるものの、ピッチ床の昇降システムだけなら、30億円程度から可能」(髙柳氏)という。施設の稼働率向上により収益機会が大幅に増えることを考えれば費用対効果という点でも優れている。「ホバーレ」は、既存のサッカースタジアムなどへの後付けも可能だという。
「所有している施設の収益拡大を図りたいと考える地方公共団体はもちろんのこと、これからホームスタジアムを持ちたいと考えているサッカークラブ、さらにはスマート・ベニュー®や地域活性化に関心のある企業や団体などの皆さんと一緒に『ホバーレ』の活用法を考えていきたいですね。ぜひお気軽にお声がけいただきたいと願っています」と髙柳氏は力を込める。スタジアム・アリーナを中心にした元気な街があちこちに誕生しそうで、今から楽しみだ。