特別養護老人ホームの個室化へ舵切った厚労省 入居待ち３０万人？　質をどう保証する

　「江古田の森」も１０人×１０ユニットで、一つの居室は１７平方メートル、可動式ベッドのほかに大きな整理棚があり、洗面台がある。手洗いは各室の入り口近くに、２室で一つずつ共有する造りになっている。ユニットごとにあるリビングルームは、テーブルセットやソファ、テレビ、雑誌コーナーがあり、くつろげる空間になっている。食堂も別にある。室内で独りこもりきりになるのを防ぎながら、適度なプライバシーを確保する設計だ。

快適さの対価として、入居者負担は増える。負担額は収入によって４段階に分けられるが、課税年金収入が２６６万円以上の場合、国の基準では居住費として４人部屋だと月当たり１万円、ユニット型だと居住費として６万円、食事は４万２０００円の自己負担となる。これら居住費、食費に加え、介護保険サービスの１割自己負担でおよそ３万円程度かかる（ユニット型で計１３万円程度）。

居住費や食費は、施設ごとの差を認めているため、実際にはバラツキもある。ＮＰＯ法人「特養ホームを良くする市民の会」が０５年にユニット型施設を対象にアンケートを取ったところ、居住費の平均は月約６万６０００円で、５万～６万円が最も多く、６万円以上というところも約４割あった。ちなみに、食費は国の基準どおりというところが８割だった。

現状ではユニット型は全国の特養施設の１４％にとどまっている。既存の４人部屋の改装・改築費用は施設の負担になるため、二の足を踏むところが多いためだ。ただ、厚労省ではユニット型を２０１４年までに７割に増やそうとしている。「成り立ちはお年寄りのための救貧施設」（田辺誠・社会福祉法人恵風会理事長）であり、日本の施設介護のセーフティネットであるはずの特養も、変わりつつある。

介護の品質はまだら模様

都内に住む川崎昭子さん（仮名、６５）が、９６歳になる義母の入る特養の様子がおかしいと気づいたのは、洗濯物を畳むボランティアを始めてまもなくだった。施設をあちこち観察すると、ホコリと汚物の異臭が気になる。親しくなった職員に尋ねると、施設長が経費削減のために、清掃員を雇っていないことがわかった。職員も掃除までは手が回らず、入居者家族で作る連絡会（家族会）ができたことをきっかけに改善要求を行い、ようやく清掃が行われるようなったという。

入居者が要介護状態という社会的弱者の弱みに付け込む形で、ひどい扱いをしているケースもある。昨年、東京・東大和市の社会福祉法人やまと園が運営する「さくら苑」で発覚した、施設職員による入居者女性への性的暴言。家族はそれまでにも“異変”を示す兆候に気付いていたが、施設側はすべて否定していた。被害者は認知症を発症し、被害を訴えることはできなかった。

虐待や、入居者への不適切なケアは、これまでもたびたび指摘されてきた。衰弱の進んだ高齢者の場合、十分な配慮を行わないとちょっとしたことで事故は起こりうる。

こんなケースもある。都内の特養に９６歳になる母親を預けている女性は、今年４月、母親の腕にアザがあることに気づいた。念のためレントゲンを撮ると、骨折していた。母親は自分で症状を訴えることができない。施設からは納得のいく説明はなかったという。

特養の入居者は認知症を併発していることも多い。またそうでなくても、不安心理から夜間に騒いだり徘徊することが頻繁に起きる。「施設の中には、介護職員の負担を減らすため、必要以上の睡眠導入剤や抗不安薬を処方し、“寝かせきり”にしてしまうこともある」。手厚いケアで定評のある、さいたま市の「敬寿園」の新井優施設長は言う。「介護度で高齢者を見るのではなく、一人ひとりと向き合うことが大事。よい施設が全体を引っ張る形で全体の底上げを図らなければ」。敬寿園では入居者の生活状態を測るため、２年かけて新たな物差しを独自につくった。「起きる」「移動する」「座る」、などの日常行為を、「できる」「できない」に分けるだけでなく、「している」「しない」と、なぜそうしないかの心理状態まで踏み込んでいるのが特徴だ。

こうした施設ばかりなら入居者は安心だが、目黒区のある家族会が行った入居者家族へのアンケート調査からは、多くの施設で介護職員が不足し、おむつやトイレの介助などで家族が不満を持っている貧しい現状が浮かび上がる。

２０１２年には介護療養病床（１３万床）が廃止される見通しだ。この影響で、特養の入居希望者はさらに増えることも予想される。圧倒的な“売り手市場”にあぐらをかいて「安かろう悪かろう」になっていないか。特養にはすでに第三者評価が行われるようになったが、情報開示はまだ途上だ。前出の川崎さんは嘆く。「まるで、親を人質に取られた思いです」。安心して親を預けられる仕組み作りが求められる。
（週刊東洋経済０７年９月８日号より）