
東京都心から南に約180km。調布空港からわずか45分のフライトで、黒曜石の地層が走る岩礁に、深いコバルトブルーとエメラルドグリーンが混ざり合った海が出迎えてくれる。伊豆諸島のほぼ中心に位置する神津島は、人口約1900人、面積約19平方キロメートルの火山島で、驚くほど観光地化されていない手つかずの自然が広がっている。
島には神々が集まり会議を開いた伝説が残っており、それが「神津島」の名前の由来といわれている。そのときの議題が、水の分配というだけあって、良質で豊かな水に恵まれ、「東京の名湧水57選」の指定を受ける水場も残る。
透明度が高く、白い砂浜が続く美しい海は、伊豆諸島の中でも屈指のダイビングスポット。美しく弧を描く入り江の海水浴場は、海水浴シーズンには多くの観光客でにぎわう。北側の入り江に設けられた木造の遊歩道は飛び込み台になっており、観光客だけでなく地元の子どもたちにも絶好の遊び場だ。

周辺の海域は魚種が豊富で、ふらりと出かけて大物が釣れることも。もちろん、漁業は盛んで、金目鯛の一本釣りが漁獲量の約6割を占める。水揚げの様子を見ようと漁港を訪れると、手際よく大きさごとに仕分けする漁師の姿が目に入る。そして、金目鯛の目の色が、透き通った美しい金色だという当たり前のことに気づかされる。
島の中央に位置する天上山では、四季折々の草花に囲まれながらのトレッキングが楽しめる。登山道から見下ろす水平線は絶景で、日常を忘れさせてくれる。
Iターン移住者だからこそ感じる島の魅力
こうした島の魅力に取りつかれて移住してくる人も少なくない。B&Bスタイルの宿泊施設「FamiliA」を経営している田中健太郎氏もその1人。友人に誘われて島を訪れたのがきっかけで、何か島の力になれることはないかと海の家を期間限定で出店するうちに、気がつけば移住をしていたという。
「外から来た人間だけに、この島の魅力をよりいっそう感じることがあります。湧き水のおいしさは格別ですし、星空の美しさには息をのみました。金目鯛にしても、せっかく一本釣りで質の高いものですから、エコラベルを取得してブランド力を上げるといったことも可能ではないかと考えています。
移住希望者は増えてきているのですが、残念ながら移住者が気軽に借りられるアパートがほとんどありません。シェアハウスを作って、そんな人たちの受け皿になれないかと考えています。さまざまな情報や人をつなげて、この島の役に立てる道筋を模索しています」(田中氏)
一方で、課題もある。観光客が海水浴シーズンの7月から9月に集中しているうえ、島への交通手段や宿泊施設が限られるため、繁忙期に今以上の観光客を受け入れられないという。
そこで今、取り組んでいるのが閑散期の集客対策。東京の11の島々を「宝島」と名付けブランド化を目指す、東京都の「東京宝島事業」の一環として、「星空保護区」の認定を目指している。
「星空保護区」とは、天文学者や環境学者らでつくるNPO法人 国際ダークスカイ協会が始めた、美しい夜空を保護・保存するための優れた取り組みをたたえる国際的な認定制度で、「星空版世界遺産」とも称される。
認定には主に、「夜空の暗さ・屋外照明の構造基準」「夜空の体験プログラム・ツアーの実施」「自然保全の啓蒙・教育プログラムの実施」の3つのポイントが求められる。
「星空保護区」認定に向け、越えなければならないハードル
現在、国内では沖縄県の西表石垣国立公園が2018年、段階的な街灯基準を満たすことを条件に暫定認定されているが、神津島が本認定されれば、日本で初の快挙となる。
しかし、認定に向けた取り組みはそう簡単なものではなく、とりわけ街灯基準のハードルは高い。日本の一般的な白色LED街灯では基準を満たさず、色温度を下げた電球が必要なうえ、光が上空に漏れないように電灯は水平でなければならない。
要は、日本で認定を受けるには、街灯の総入れ替えが必須となる。神津島では村全体の約560基の総入れ替えに向け、着々と準備を進めているという。
また、神津島では2016年、観光財団の取り組みの一環で島を訪れたインターンの学生が、星空に感激したのをきっかけに星空を観光の目玉の1つにしたいと考え、星空ガイドの養成を始めた。こうした取り組みは、早期の認定を後押しするだろう。
NPO法人 神津島観光協会事務局長で、星空ガイドを務める覺正恒彦氏は次のように語る。
「同じ星空でも、認定ガイドは参加者に合わせてさまざまな星空の楽しみ方を提案しています。参加者の星座の見つけ方で盛り上げたり、星や月にまつわる神話を子ども向けにわかりやすく紹介したり。
江戸時代には、決まった月齢に人々が集って月の出を待った『月待行事』があり、島にもその名残の石碑『月待塔』が残っています。こうした風習など、島のことも積極的に話すようにしています」
「星空保護区」に認定されれば、1年を通して、島の魅力をより多くの人々に感じてもらうことができる。もちろんそんな期待もあるが、覺正氏はこの取り組みの本質は「島の美しい環境を子どもたち、そして後世に残していくこと」だと話す。
これは、決して難しいことではない。例えば、夜になったら不要な電気を消す。島民がスイッチ1つ押す行動が、環境保全につながる。ほんの些細なことでも、島民1人ひとりが星空を意識することで、島の魅力を次の世代に渡すきっかけになるのだ。
NPO法人 神津島盛り上げ隊で理事長を務める中村圭氏も「『星空保護区』の取り組みは、星はもちろん、島には当たり前にある山や海、透明な水をはじめ、四季を通して島の魅力に敏感になることで、島民の“誇り”を育てられれば」と話す。
「高校から本州に渡り、大学、就職を経て、26歳で島に戻ってきました。子ども時代を過ごしたからといって、島のことをすべて知っているわけじゃないんです。いまだに島の年長者に教えられた場所に行き、その絶景に泣きそうになることがあります」(中村氏)
そんな中村氏は、自らの経験を生かして、島民や移住者、島を離れて暮らす島出身者など、島にかかわる人々をつなぐプロジェクト「HAPPY TURN/神津島」を手がけており、元中華料理店の店舗をリノベーションした活動拠点「くると」を運営している。
あるときは、放課後に集まってくる子どもたちの遊び場、またあるときは観光客がふらりと立ち寄る場として……。普段は接点のない人たちの間に、世代や立場を超えたつながりが自然と生まれているという。
この島の目指す「観光客の誘致」は、単なる経済効果ではない。

島周辺の海上にジェットスキーやバナナボートは浮かんでいない。リゾート施設があるわけでもない。観光用に整備されているものは少なく、人々の暮らしや文化そのものが魅力だったりする。ぶらりと歩いて出会った住民からしか得られない、ガイドブックに載っていない情報がたくさんある。島の自然を守り、島の暮らしを分け与えてくれる。観光上級者でも十分楽しめるであろう奥深さが、この島にはある。