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「夢の続き」を見るためのニュータウン再生 民産学官がスクラムを組んで取り組む

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  • 大和ハウス工業 制作:東洋経済ブランドスタジオ
高度経済成長期、都市圏へ移住する人々の受け皿となった「ニュータウン」。かつては誰でも「夢のマイホーム」が持てると一気に住民が押し寄せたが、今や高齢化や人口減などで活気を失っているところも多い。横浜市栄区の「上郷ネオポリス」もその一つだった。1972年の販売開始から半世紀近い歳月が経ち、住民の高齢化や商店街の衰退が課題に。しかし、再び活気あふれる魅力あるまちへの再生を目指して、新たな胎動が起きている。「夢のマイホーム」の「夢の続き」を見るまちづくりとは。

3つの「テラス」からなる、買い物と集いの場

横浜市の南部、栄区に位置する「上郷ネオポリス」はJR根岸線「港南台」駅からバスで約18分。大和ハウス工業が開発した郊外型戸建住宅地で、総戸数868戸、人口は約2000人(2019年9月現在)。開発当時にオープンした商店街の店舗はほとんど閉店し、住民は買い物の不便さや交流の場が失われたことに悩まされていた。

そんな声を受け、19年10月29日、エリア内初となるコンビニエンスストア(ローソン)併設型コミュニティ施設がオープン。ここは、ただのコンビニではない。店内に入ると、木を基調とした温かみのある内装で、大きな窓から光が降り注ぎ開放感にあふれている。そして、売り場とほぼ同じくらいの広さのコミュニティスペースが設置されている。品ぞろえもやや異色だ。野菜などの生鮮食料品が充実しているほか、入り口からすぐの「オリジナルコーナー」ではさまざまな茶葉やご当地のお菓子が並べられている。

「野七里テラス」のオリジナルコーナー。販売されている「健康茶」をコミュニティスペースで楽しむこともできる

実はここは、上郷ネオポリスの新たなまちづくりのトリガーとすべく開設されたコミュニティ施設「野七里テラス」だ。買い物エリアは「サチ(幸)テラス」、カフェスペースは「イマ(居間)テラス」と名付けられ、集いの場となっている。取材当日(平日11時頃)は、3人の女性グループが軽食を楽しみながら談笑していた。

木目の天井が印象的な「野七里テラス」

夕方には小学生が集まってきて、ノートと教科書を広げて宿題をする光景もよく見られるという。夜はここで食事をするだけでなくお酒を楽しむ人も珍しくない。住民がカンツォーネやシャンソンを披露するなど、イベントも頻繁に行われているそうだ。さらに、上郷ネオポリスは坂が多く買い物が困難な住民もいるため、エリア内を回る移動販売車「ミチバタ(道端)テラス」も展開されている。3つの「テラス」で買い物の利便性が高まったとともに、住民同士が交流する場も創出されたと言えよう。

移動販売車「ミチバタテラス」とボランティアスタッフ

商店が消え、小学校もなくなって……

開発面積約46万m2の上郷ネオポリスは、自然環境に恵まれ、エリア内に小学校や商店などもそろっていたことから、販売開始した70年代当時は30〜40代に人気を呼んだ。当時の広告のキャッチフレーズは「パパ、ママ、湘南に住もうよ」。庭付き一戸建ては高度成長期が終盤にかかっていたこの時代の、典型的な「夢のマイホーム」であった。

上郷ネオポリス自治会
まちづくり委員会 委員長
上郷ネオポリスまちづくり協議会
座長
吉井 信幸

「ニュータウンブームもあり、神奈川県内に限らず各地から入居者が集まりました。住民たちは自分たちのまちという意識が強く、コミュニティ活動なども盛んでした」

40年前からこのまちに住んで、現在は上郷ネオポリスまちづくり協議会の座長を務める吉井信幸氏は語る。

「住民は団地と港南台駅を結ぶバス路線の開設を要望して実現するなど、ずっとまちづくりをしてきました。一方で高齢化が進み、エリア内に十数軒あった商店や食堂もみな閉まり、小学校もなくなって、なんとかしなければと焦燥感に駆られていました」(吉井氏)

上郷ネオポリス自治会
まちづくり委員会 事務局長
齋藤 昇
上郷ネオポリス自治会
まちづくり委員会 事務局 次長
船野 智子

そんなとき、まちの見守りネットワークの活動をしていた齋藤昇氏と船野智子氏が立ち上がった。もう間もなく81歳になるという齋藤氏が語る。

「坂の途中で、重そうな買い物袋を抱えて休む人の姿を見かけたことがありました。そこにはベンチなど座る場所もない。それを見て、『これではいけない、まちのためになることをしなければ』と思いました。けれども、全国各地で行われているまちづくりの多くが失敗しているのを見ていました。人、モノ、金がないからでしょう。また、住民の意見も千差万別。それをまとめるのは容易なことではありません。まちづくりのことをなかなか言い出せませんでした」

住民が主役となるまちづくりプロジェクト始動

そうして齋藤氏、船野氏が思い悩んでいたころ、この団地を開発した大和ハウス工業も高齢化が進むまちの調査研究を始めていた。

大和ハウス工業でヒューマン・ケア事業を担当する瓜坂氏は次のように語る。

大和ハウス工業
営業本部
ヒューマン・ケア事業推進部長
瓜坂 和昭

「超高齢社会と言われますが、世の中には介護が必要な人よりも元気な高齢者のほうがずっと多いのが実情です。そんな方々に当社はサービスを展開できていませんでした。私は、そういう仕事がしたいと手を挙げ、現状やニーズを調べてさまざまなプロジェクトに取り組みました。例えば、映画づくりを通じて『つながり』を形成できないか、と考えお年寄りたちが主役の映画をつくったこともありました。

そうして試行錯誤する中で気づいたのは、『中途半端な思いでは失敗する』ということです。本気で取り組まなければ、受け入れてもらえません。当社が開発してから50年近く経過した上郷ネオポリスは住民の高齢化や商店街の衰退と課題が多く、本腰を入れて再生に取り組もうと考えました」(瓜坂氏)

こうして齋藤氏や船野氏らとの意見交換が始まり、自治会内に「ネオポリスまちづくり委員会」を設置。16年には民産学官が連携した「上郷ネオポリスまちづくり協議会」を発足させた。同協議会は、上郷ネオポリス自治会や一般社団法人高齢者住宅協会、東京大学、明治大学ならびに大和ハウス工業で構成されている。

17年に全戸住民アンケート調査を実施し(回収率88%)、「買い物が不便」「憩いの場が欲しい」などの要望が多かったことを受け、コンビニ併設型のコミュニティ施設「野七里テラス」の建設に踏み切ったのだった。

まちづくりにおいて、主役はあくまでも住民。「野七里テラス」でも、住民が主役となって運営している。今、「サチテラス」のコンビニ店長や従業員は地域に住む人たち。コミュニティスペースである「イマテラス」は、住民からボランティアを募集し、施設内外の美観整備やイベントの企画・運営を行っている。現在、ボランティアは40名ほど。ボランティアには謝礼として1時間100円相当の地域コインが配られ、サチテラスのコンビニのみで利用できるそうだ。

新しい移動手段はつながりを生むツールに

「野七里テラス」ができて、住民の生活はどう変わったのだろうか。

「私、以前はコンビニで買い物したことがなかったので、いろんな商品を試したくてほとんど毎日買い物に来ています。以前は近くにお茶をする場所もありませんでしたが、ここに来れば大抵どなたか知り合いがいるのでお話できて楽しい」

そう語る船野氏は上郷ネオポリス自治会まちづくり委員会の事務局次長を務め、毎週月曜日には移動販売車に同行して外に出られない住民の注文を聞き、買い物代行もしているという。

このように移動が難しい住民もいるので、昨年11月にはエリア内に7人乗りの電気カートを走らせるテストを実施。すると、乗客同士が歓談したり、歩いている人とあいさつを交わしたり、単なる移動手段にとどまらないコミュニケーションツールの役割を果たすこともわかった。「野七里テラス」の向かい側にはサテライト拠点「和(なごみ)テラス」が開設され、大和ハウス工業の社員が区民のさまざまな住まいや暮らしの相談窓口となっている。

「住民の方だけでまちづくりを進めるのは難しい。だから民産学官がスクラムを組む必要があるのです。今年の1月には横浜市とも協定を結びました。上郷ネオポリスのさらなる魅力を創出していきます」(瓜坂氏)

大和ハウス工業は1960年代から90年代にかけて全国61カ所でネオポリスを開発してきた。今、その多くが同じような課題を抱えている。そのため同社は誰もが安心して長く住み続けられるまちづくりに住民とともに取り組む「リブネスタウンプロジェクト」を立ち上げた。すでに上郷と同時に兵庫県三木市のネオポリスでもスタートしている。同社はこの2カ所での経験と実績をもとにまちづくりのモデルを構築し、全国で展開していく計画だ。

約50年前にマイホームを夢見て上郷ネオポリスの住民となった人たちは、この新しいまちづくりに、その夢の続きを見ている。

左から船野氏、大和ハウス工業 瓜坂氏、齋藤氏、大和ハウス工業 柘植氏、吉井氏