
コア人材のマネジメント
M&Aの目的は、対象企業が持つブランドや技術、市場などを獲得することにある。そしてそれらの価値を生み出しているのは、対象企業の人材だ。したがって買収によりコアの人材が流出してしまえば、大きな痛手となる。場合によってはM&Aそのものが失敗に帰することさえある。
組織人事部門ディレクターの片桐一郎氏は、日本の企業はそうした人材の問題に対する認識が希薄だと指摘する。
「日本企業の場合、M&Aのプロセスにおいてまず財務や法務の面を検討し、人事についてはその後というのが一般的です。なかには人事デューデリジェンスをしない企業すらあります。しかし人事デューデリを早い段階できちんとしておかないと、買収後の統合(PMI)でたいへんな問題になることがあります」。
たとえば買収した企業の経営者の報酬をどうするか。欧米企業の経営者層やコア人材の報酬は日本の水準よりはるかに高く、長期インセンティブの株式報酬があるなど、複雑な仕組みになっていることが多い。現状の報酬が妥当な水準なのかどうか、日本の企業には判断がつきにくいこともあり、今の経営者を引き留めるために相手の言い分を鵜呑みにする例が少なくない。さらに、買収後に期待する経営目標を報酬に反映させていないので、買収企業の経営者をしっかりコントロールできず、結果として、いわゆる「物言わぬ株主」になってしまう。これでは買収後に企業価値を向上させるのは困難だ。
経営者報酬部門統括ディレクターの森田純夫氏は「報酬の設計では、現状の把握や検証が出発点となります。そのためにはまずデータが必要です。当社は世界的に見ても最高水準の経営者報酬のデータベースを持っています。このような客観的なデータによって、買収した日本企業と買収先の企業との間での前向きな対話が可能になります。当社では、買収直後のみならず何年にもわたり経営者報酬の運用を支援し、その後のグローバル経営の礎を築く支援を行っています」と説明する。
経営者報酬の専門部門を持つのも、日本では同社だけだ。タワーズワトソンでは、経営者報酬の専門家が世界中にいて、M&Aでの豊富な経験を蓄積し共有している。だから、経営人材の報酬や評価などのマネジメントについて、より深く適切なコンサルティングができるのだ。
多様な専門部門がチームに結集
同社には同業の人事コンサルティング会社にないコミュニケーション専門部門もある。異なる文化や言語を持つ企業間で相互理解を促進するためには、どのようにコミュニケーションを取ればいいのか。必要に応じてワークショップや研修なども行いながら、共通の価値観をつくり上げていくことを支援する部門だ。
また、クロスボーダーM&Aでは、退職金・年金や各種保険、福利厚生制度なども大きな問題になることがある。
こうした問題を専門に扱うベネフィット部門シニアコンサルタントの堀之内俊也氏によれば「退職金・年金の給付債務に対する積立不足や費用水準をただ確認するだけでなく、財務諸表上に現れない債務や、買収後の費用変動リスクの有無を精査する必要があります。たとえば海外大手企業の事業部門を買収する際、買収後も現在の年金や保険制度を維持しようとすると、規模の経済性が失われて多額の追加費用が恒常的に発生することなどがその例です。また新興国の企業では、医療補助や福利厚生関係の費用が給料よりはるかに大きく増加している傾向があります。こういう費用をPMIを想定して見積もり、それを適正に買収価格に反映させる必要があります。人事デューデリの段階でそういう問題点を適切に指摘し、対策を講じておくことで、買収後の統合と企業価値向上がスムーズに運ぶのです。退職金・年金のコンサルティングが発祥のタワーズワトソンならではの強みがまさに発揮される領域ではないでしょうか」という。
ほかにも同社には買収後の統合人事制度を設計する部門など、人事に関するさまざまな問題に対応する専門部門があり、M&Aの案件を扱うときにはそれぞれの部門の専門家が結集してチームをつくる。しかもそれは国内だけとは限らない。グローバルなコンサルティングファームであるタワーズワトソンは、世界37カ国に1万4000人のスタッフがいて、必要に応じてグローバルチームを組成する。だから、M&Aのターゲットがグローバルに展開する企業であっても、的確でスピーディな対応が可能なのだ。
コモディティ化しないユニークなサービス
「企業買収においては、当然売り上げや利益など財務数値が重要ですが、そのベースにある事業戦略とそれを担う組織・人事的な課題を的確にとらえることがクリティカルで、それなくして、PMIを効果的に進めることは、できないはずです。そこを押さえることができれば、日本企業が海外でM&Aを成功させられる可能性は高まります。しかしM&Aのアドバイザー業務を行っている企業でも、人事の専門家がいない場合が多い」。
そう語るM&Aディレクターの要慎吾氏は、実は2月末に同社に転じてきたばかり。これまで投資銀行業務やマネージメント・コンサルティング業務など、約20年にわたりM&Aにかかわってきたキャリアを持つ同氏は「コモディティ化していないユニークなサービス、ユニークなナレッジをこの会社は持っています」と話す。
日本企業はまだM&Aにおける人事問題対策に不慣れな部分がある。だが、早い段階から問題を洗い出して対策を講じておかないと、PMIの段階で矛盾が一気に噴出しかねない。対策が後手に回れば、問題解決に多くの手間と時間とコストを投じざるを得なくなることも多い。挙句の果てに「このM&Aは失敗だった」という結果になったら……。そんな悲劇を招かないためにも、初期の段階から人事の専門家に相談しておくべきであろう。
