
今、求められている経営者とは
――日本企業の社長後継者や次世代のリーダー育成には、どのような課題がありますか。
エゴンゼンダー
東京オフィス代表
グローバルエグゼクティブコミッティメンバー
丸山 次期社長の選定方法については声高に議論されるようになりました。しかし、その内容は社長後継計画の策定手続き論に偏っており、「今、どのような経営者が求められているのか」、「どうすれば、求められる経営者が育つのか」という議論は十分になされていません。日本企業では内部昇格が多く、社内で経営者候補となる人材をいかに見いだし育成していくかが重要であるにもかかわらず、です。
エゴンゼンダーでは、祖業であるエグゼクティブサーチに加え、企業統治改革や社長後継計画策定の支援をはじめ、後継候補者の能力や資質の評価、その後の自己変革支援まで包括的なアドバイザリーを長きにわたり提供しています。我々が世界を代表する数多くの経営者と接してきた中で、「今、求められる経営者とは」という問いに対して導き出した一つの答えは、「自己を変革し続ける経営者」です。
エゴンゼンダーが世界主要11カ国のCEO約400名を対象に調査を実施したところ、日本を含め世界の経営者の約8割が自己変革と組織変革の必要性を認識していることがわかっています。
これだけ多くの経営者が自己変革の必要性を認識せざるをえないほど、経営者が直面している環境は厳しくなっているのです。また、日本の経営者の7割以上が、経営チームの育成は想定していたよりも難しいと回答しており、厳しい環境にチームで対応しようにも、信頼できる経営幹部が育っていない現実が浮かび上がっています。つまり、今の日本の経営者にとって、自分が変わり続けることに加えて、チームや組織をも変える術を持つことが、とても重要なのです。
ハーバード大学教育学大学院教授
(成人学習・職業発達論)
キーガン 以前は、人間の知性は大人になると、発達が止まると考えられていました。しかし、実際には大人になってからも成長できます。成人期には3つの発達段階があります。
1つ目は「環境順応型知性」です。これは、周囲からどのように見られ、どんな役割を期待されるかによって自己が形成される段階です。しかし現在のように複雑で予測不能な環境に対応するには、この段階では十分に対応できず、次の段階の「自己主導型知性」が必要になります。これは、周囲の環境を客観的に見ることにより自分自身の価値基準を確立し、それに基づいて周囲の期待を判断し選択できる段階で、革新的な判断の仕方をする際に求められる知性です。
しかし、個人の価値基準には限界があり、その限界に達すると、最後の段階である「自己変容型知性」が必要となってきます。これは、自分自身の価値基準を客観的に捉えてその限界を検討できる段階で、特定の価値基準の正しさに執着しません。これにより多様性や柔軟性が生まれ、組織とともに成長・変革できるのです。
自己変革を続けるための方法論
丸山 エゴンゼンダーでは、厳格な評価プロセスを通して経営陣の資質や個性を見極めたうえで、個々に最適な自己変革支援も提供しています。数ある手法の中でも、日本の経営者にとくに大きな効果をあげているのが、キーガン教授の開発したITC(Immunity To Change)です。ITCとは、一言でいえば、「無意識に抱える固定観念を言語化し、取り払うことで、根本から行動を変えるアプローチ」です。繰り返し用いることで、内面に深く働きかけ、知性の発達をも促すことができる強力な手法です。
キーガン 従来のコーチングは、例えば「支配的な姿勢を取らない」「もっと他人に協力的になる」といったゴールを設定し、それに向かって改善する行動を増やし、阻害行動を改める直線的なアプローチを取ります。
このやり方は早い段階でリターンを得られる半面、時間が経つと元の木阿弥になってしまいがちです。結局、症状への対処だけで根本的な原因の治療にはなっていないからです。これに対し、ITCは自分自身の中にある、阻害行動を引き起こす根本的な原因を合理的に突き詰め、明らかにしていきます。
成人発達理論の研究を進めていく中で、ハーバード大学以外でITCの実践の場を求めたときに出会ったのがエゴンゼンダーでした。エゴンゼンダーは、まず自社でITCを実践し、効果を確認したうえでクライアント企業に提案しています。
なかでも、ITCを通して東京オフィスが遂げた変化は目覚ましく、私が初めて丸山さんに出会った6年前から大きな変化を遂げていると実感しています。丸山さんは日本で一番最初にITCのコーチング資格を取得しましたね。

丸山 私自身、ITCの効果を実感し、企業のリーダーにぜひ体験してほしい、と強く感じたのです。以前私は他者に厳しいフィードバックをすることが苦手でした。フィードバックに必要な知識やスキルは身に付けていたにもかかわらず、です。
最初は「相手に嫌われたくない気持ち」が原因だと思っていましたが、ITCを用いて深掘りしていくと、実はそうではなく、幼少期の体験に基づく「相手がフィードバックを受け入れなかったとき、自分の感情が乱れて制御できなくなることへの恐れ」が根本的な原因だとわかりました。これに気づけたことで、「本当に、厳しいフィードバックをすると感情を制御できなくなるのか」という疑問を持てるようになりました。
親しい知人を相手に安全な環境下で実験し、実際に感情を制御できた小さな成功体験を積み重ねて自信を得、今はフィードバックを苦と思わなくなりました。 現在私は日本の代表と、グローバルの人事担当役員の役目を頂いていますが、これらの職務において他者に適切にフィードバックする力は非常に役立っています。
自己変革を、組織変革につなげるには?
――人が変わりたいと思ってもなかなか変われない根本的な原因とはなんでしょうか。
キーガン それは、恐れです。この恐れこそが変革を阻む免疫機能(Immunity)なのです。例えば「権限移譲をしたいし、そのテクニックもわかっている。でもできない」という人には、何らかの恐れが根底にあります。例えば権限移譲した部下が失敗したら自分の責任になってしまう、あるいは部下が成果を出して自分が必要とされなくなったら困る――。
ITCのアプローチは、まずこの恐れを生む前提となる固定観念を洗い出します。そのうえで、本当にその固定観念が妥当なのか、安全な環境で実験し、検証してみます。実験の結果、その固定観念が実は妥当ではないとわかると、人は恐れから解き放たれるのです。
丸山 経営者自身が、その恐れを乗り越えて自己変革を進め成長し続ける姿勢を示すことが、経営チームや組織に変革を促す原動力となるのです。例えばある一部上場企業では、当初の評価では社長後継者の基準を満たす候補者がいませんでした。しかし潜在能力の大きな人材を発掘し、ITCを含めさまざまな自己変革支援を行った結果、現在は指名委員会から高く評価される社長にまで成長されました。
そして、その社長は、就任後、自らの自己変革の軌跡を開示し、手本となることで、経営チームや組織全体に変革を促したのです。数年にわたる取り組みの結果、その企業は、ITCという共通の自己変革の方法論を持ち、自身及び組織の固定観念を取り払い成長を続ける集団に進化しつつあります。
社長になってからこそが学び・成長のチャンス
――日本の経営者へのメッセージは?
キーガン 内部昇格でリーダーが選ばれることの多い日本企業では、社員の持つポテンシャルを最大限開花させることに大きなニーズがあります。それを実現するにあたり、ITCが日本企業に貢献できる余地は大きいと感じています。
丸山 我々もそう感じています。エゴンゼンダーが日本で企業統治改革や社長後継計画の策定の支援を始めたのは90年代半ばでした。日本企業の取締役会、指名委員会とともに四半世紀近く取り組みを重ねる中で、実はリーダー個人の価値観や姿勢、マインドの変革こそが、社長後継候補の準備、経営陣の強化に大きく関わっていることがわかってきました。
そんな中でキーガン教授にお会いできたのはまさに渡りに船の心境でした。ITCを用いることで、見事に「意識改革」「ポテンシャルの開花」が図られ、それまで期待に埋もれかけていた人材群の中からも、指名委員会から高い評価を受ける社長後継候補が次々と浮かび上がってくる結果となってきたのです。

実際に社長づくり、そして社長就任後の自己変革のお手伝いをして感じるのは、「社長になってからこそ、学びや成長の機会があふれている」ということです。まず、自分の明確な経営観、価値基準を持つこと、すなわち自己主導型知性を獲得することは極めて重要です。
しかし、自分の価値観の限界に気づかずに考えを押し通していくと、冬季の登山のように環境変化の激しい今の時代には視野狭窄となり思わぬ落とし穴にはまってしまう危険があります。それに対し、自分の軸を持ちつつも、自分の限界をも知り、謙虚に学び続ける姿勢を身に付けた自己変容型知性の社長は、苦境や修羅場をむしろ成長の機会と捉え、自己や組織のさらなる進化につなげることができます。今の日本企業に求められている社長とは、まさにこのような存在です。
冒頭に言及した弊社調査で、「自分が経験した社長後継プロセスをどう評価するか?」と問いかけたところ、よかったという回答は海外が6割を超えたのに対し、日本は3割どまりでした。今こそ、社長後継計画を形式論にとどめず、経営者候補の自己変革を加速する実質的な支援を行うことが必要であり、我々の果たすべきミッションと捉えています。

●スイス発祥の企業統治・経営人材コンサルティングファーム
●世界40カ国に68のオフィスを展開。2300人のプロフェッショナルスタッフを擁する
●1964年創業。日本では72年より活動。全コンサルタントがITCなど各種心理手法の資格を取得

