中国のeconomic statecraftへの日本の戦略 インド太平洋を巡る経済競争のカギとは?

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オーストラリア大学 パースUSアジアセンター執行役員
ゴードン・フレーク

交渉の場にいなければ競争にすらならないので、積極的に関与して行くことが決定的に重要となる。この点に関して、ゴードン・フレーク(オーストラリア大学 パースUSアジアセンター執行役員)はさらに、日本は政府も企業もこの地域におけるプレゼンスを高めなければならないと指摘した。彼によると、その第一歩は、1980年代に学んだ教訓を忘れるところから始めなければならない。当時の「ジャパン・バッシング」の経験から、日本は政府・企業レベルの双方において、できる限り目立たないようにする姿勢を保ってきた。しかし、環境が当時とは変わっているため、日本がこのような控えめな態度をとることは理にかなっていない。質の高いインフラであろうと、安全な食品であろうと、日本は東南アジアに提供できるモノを多く持っており、これら高品質製品がどこで作られたものかをしっかりと周知すべきなのだ。このような意見に賛同する声は会議参加者の多くから聞かれ、特にある日本企業の幹部は「日本的なものを隠すべきではない」と同意している。

対中経済競争のカギは企業による「価値観外交」

残念なのは、現在この「日本的なもの」というのが何を指すのかが曖昧なことだ。日本は一体どのような価値観に基づき、どういうアイディアやイデオロギーを推進し、政府や企業の指導者はどのように自身の利益を定義するのだろうか。安倍首相が太平洋とインド洋という「二つの海の交わり」について語ったのは10年以上前になる。しかし、トランプ政権が採用した「自由で開かれたインド太平洋」という概念は今でもその枠組みや中身の定義が不十分であり、これから精緻化が必要とされている。

日本政府は長年「透明性」「民主主義」「法の支配」という価値について語ってきたが、日本企業も「自由で開かれたインド太平洋」の下、これらの価値を積極的に促進するべきである。東南アジア諸国のガバナンスの透明性が向上し、民主主義の促進により言論の自由が保障されることで正確な情報が伝達されるメディアが育成され、法の支配により政治的腐敗が規制されれば、高品質であるという比較優位性を持つ日本製品は対中競争に勝てるようになるのだ。日本企業は競争に勝つために、相手の土俵に乗ることはない。企業による「価値観外交」で自由で開かれた市場が保障されている環境を作り、その上で堂々と勝負をすれば良いのだ。

CPTPPがインド太平洋におけるルール形成の金字塔

最終的に日本が成功するか否かは、日本企業がこの新たなマインドセットを持てるかどうかにかかっている。世界は新たな激しいグローバル競争の時代に入っている。しかし、この競争は軍事的なものではなく、主に経済的な側面が色濃くなっている。これは、政府も企業も各国が国力をどのように用いているかをしっかりと把握しなければならないことを意味する。各国政府は、この新たな時代におけるeconomic statecraftの重要性を再確認し始めている。そして、各国政府は自国の企業が有利となるように、経済的な競争を行う土俵自体に積極的に関与し始めている。

日本企業はこの新たな状況をしっかりと把握しなければならない。すなわち、純粋な企業間の経済競争とは異なる力学が働いているのだ。よって、経済活動が行われる環境作りに日本政府と企業の双方がより積極的に関与することが重要になる。この考え方こそがTPPの根幹にあり、現在CPTPPと名前を変えて生まれ変わろうとしている。CPTPPはまさに、企業間競争が行われる領域の規定とルール形成を行う試みだ。

CPTPPは、今後のインド太平洋地域における政治的・経済的な関与の規範や枠組みを規定するものとなるだろう。そして、日本政府は民間企業に対して、戦略的思考を持つように促進すべきだ。また、日本企業は、投資・貿易・ODA・サイバーセキュリティといった領域において、economic statecraftにより敏感にならなければならない。政府・企業共に、地政学的な新たな現実とeconomic statecraftの多用という経済競争の新たな環境に適合した戦略立案と実行が求められている。

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