中国のeconomic statecraftへの日本の戦略 インド太平洋を巡る経済競争のカギとは?

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アメリカのTPPからの脱退や中国の「一帯一路」構想など、米中が世界の覇権争いを繰り広げる中、日本の政財界はどう対応すべきなのか。こうした課題について、地政学の専門家らが意見を交わすパネルディスカッション「Deloitte Tohmatsu Insights Forum」(DTIF)が3月、東京・港区で開かれた。このパネルディスカッションの内容について、デロイト トーマツ コンサルティング合同会社のシニアフェローで、モデレーターを務めたブラッド・グロッサーマンがまとめた。
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社シニアフェロー
ブラッド・グロッサーマン

日本の政財界では、「インド太平洋」を舞台に日中が激しい競争を繰り広げているという共通認識が存在しているように思える。またそのような認識を持つ人々の多くが、日本はこの競争において劣勢であると考えているようだ。確かに、現在の傾向が続けば日本は中国に負けてしまうだろう。しかし、現時点ではまだ軍配は上がっていない。DTIFで行われた議論で明らかになったのは、この競争関係において日本が持つ長所や、比較優位性は多くあるものの、日本の政府や企業がこれらを意図的に活用する戦略性を持たなければならないということだ。現状が日本にとって不利であることを認識した上で、これからの方針について考える際には、戦略的思考を持たなければならない。

競争環境の土台作りと「economic statecraft」

DTIFでの議論では、日本企業が中国について考える際には「強い危機感を感じる」という意見が多く出たが、この認識は正しいだろう。中国とは人口差が10倍、GDPは8年前に抜かれており、陰りが見えてきた経済成長率も日本と比べるとまだ4倍弱だ。また、中国の政治指導部は自信をつけてきており、自己主張が強く、さらには中国が地域リーダーたるべきというビジョンを共有する一般国民により支持されている。中国企業は政府からの力強い支援を期待でき、また、中国が確立してきた国内外の資源に対するアクセスが競争優位性を生み出している。

しかし、まだ日本が投了すべき時ではない。これは、中国が数々の問題に直面していることもその理由の一部であるが、パネリストの多くが繰り返し指摘したのは、「今後の日中競争において認識すべきことは、中国が抱える脆弱性の多さよりも、日本が活用できる能力が多数ある」ということだ。政財界のリーダーにとって最も重要なことは、自らがいる環境がどのように機能しており、根本的に変えることのできない前提条件が何かを正確に理解した上で、取るべき手段を変更するという戦略的思考を持つことだ。

これはもちろん、日本に戦略的思考が欠如しているというわけではない。問題は、日本の戦略的思考は制約されてしまっていることが多い点だ。日本では、競争が生じているそもそもの土台を規定する地政学的な動向から、「economic statecraft(経済的な国策)」という国家が経済的な手法を用いて、これら地政学的利益を追求する政策までを包含した戦略立案がなされることが比較的少ない。今後、日本政府・経済界の戦略に必要なのは、この競争の土台に関わる情報や各国のeconomic statecraftに関する動向を、正確かつタイムリーに得るだけでなく、自国が有利となるように変えることまでも視野に入れることだ。

一帯一路をチャンスとみなせ

日本に限らず欧米諸国にとっても共通の懸念となっているのが、シルクロードを再構築することでアジアとヨーロッパをつなげてしまおうという中国の壮大な計画、一帯一路構想だ。一帯一路には二つの側面がある。一つは経済的で、中国企業に対する国内需要縮小への対策として行われている側面がある。二つ目は政治的で、アジアインフラ投資銀行(AIIB)と連携しながら、中国の影響力を近隣諸国に限らず、地域圏内国家に対して広げるという側面だ。

日本は一帯一路構想を対抗しなければならない挑戦としてではなく、チャンスとみなすべきだ。アジアのインフラニーズに対する整備は大幅に遅れており、アジア開発銀行(ADB)によるとそのギャップは現在年間1.5兆ドル、2030年には22.6兆ドル分のインフラ整備が追い付かなくなる。日本はこの乖離を狭めるためにアジア諸国を支援すべきであり、そのニーズを満たそうとする他国の努力を阻むような行動をとっても関係悪化にしかつながらない。

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