
高齢者の交通手段確保が地方の喫緊の課題に
日本が本格的に超高齢社会を迎える「2025年問題」。厚生労働省によれば、戦後のベビーブームに生まれた団塊の世代が、2025年に75歳以上となり、後期高齢者の人口が日本全体の18%を超える。さらに、男性よりも女性の平均寿命が長いこともあり、特に高齢女性の一人暮らしは、年々増加する傾向にある。
そのため、クルマなしでは生活できない地方の周辺部に住む高齢女性にとっては、医療機関やスーパーへの日常的な外出にも大きな制約が生じ始めている。その一方で、地域住民の足であるはずの路線バスの廃止も進んでいるという現状がある。国土交通省によれば、全国のバス会社の約7割が赤字に陥っており、毎年約1万キロが廃止される状況にあるという。これから地方で増え続ける一人暮らしの高齢者に対し、日常生活の交通手段を確保するためにはどうすればいいのだろうか。
地域の公共交通を地域住民の手で運営
そうした中、新たな取り組みを始めているのが秋田県横手市だ。同市は昨年11月にトヨタ自動車が開発した福祉車両を使って、地域住民によるミニバスの社会実験をスタートさせた。その背景を横手市総合政策部次長である村田清和氏は次のように語る。
村田 清和
「10年前から路線バスの廃止が進み、今では往時の3分の2ほどの状態です。そのため路線バスが廃止された地域では、市がバス会社に委託し市営バスを運営してきました。しかし、バス1便当たりの乗客は1.2人と利用頻度は少なく、継続性が問われていたのです」
横手市は東京23区よりも少し広いくらいの面積で、広く田畑が拡がる中に集落が点在している。市営バスの運行でも、それらをすべて結ぶバスルートはどうしても考えにくい。しかし、バス自体をサイズダウンさせてもコストは変わらず、ほかの事業者と組んでもコストは見合わない。
「そこで地域の公共交通を地域住民で支えていくことはできないかと考えたのです。地元に根付く独自の共助組織を活用して、地域の公共交通を自ら担ってもらう。いわば、経営の主体は市、運営の主体を地域住民にする。そうすれば地域の生活パターンに合った自由度の高い路線やダイヤの組み方ができ、コストも少なく持続性も高まる。ただ、実際に車両を用意しようにも予算を組むのは難しい。そんなときトヨタさんから声がかかったのです。通常のワゴンサイズなら一般のドライバーも運転できるし、細かい道にも入れる。こちらの要求する部分とぴたりと合った。まさに願ったり叶ったりでした」(村田氏)
高齢者の移動の自由を提供するトヨタの福祉車両
(ウェルキャブ)
トヨタでは、現在、高齢者などを介助するための福祉車両(ウェルキャブ)の開発に注力している。横手市に同シリーズの「ウェルジョイン」(7人乗り)を提供することで、乗降状況や乗り心地などさまざまなデータを蓄積し、高齢社会に対応したクルマづくりに生かす狙いがある。ウェルキャブの開発を手掛けてきたトヨタ自動車主査の中川茂氏はこう語る。
「これまで車いす仕様車などさまざまな福祉車両を手掛けてきましたが、高齢者の介助に必要な工夫は無限にあり、あらゆる視点からの試行錯誤が必要になります。今回の取り組みを通じて福祉車両の改良を重ね、さらなる技術開発を進めていきたいと考えています」
トヨタでは、いち早く福祉車両の開発を手掛けてきた。生産体制についても福祉車両専用のプラットフォームを設置し、インライン生産も開始している。なぜトヨタが福祉車両開発に力を入れてきたのか。高齢社会を迎えた日本では今、高齢者の在宅比率が増え、身体の不自由な高齢者を介護するために専用のクルマが必要になってきている。トヨタはこうした社会的課題を解決するために福祉車両の開発を本格化したのである。トヨタは現在、標準型の福祉車両で約7割のシェアを持つ一方、トヨタ車全体で見ると福祉車両の割合はまだ1%に過ぎないという。
今回トヨタが横手市に提供した福祉車両「ウェルジョイン」(送迎仕様車)は、乗降しやすいように専用の手すりを設置したほか、3列目シートに乗り込む際の通路確保のために、2列目シートを1つ取り外している。乗降のたびに、2列目シートを前後にスライドさせる必要がないので、有償ボランティアドライバーの負担軽減にもなり、ボランティアドライバー確保にも寄与している。
横手市の社会実験は今、横手市増田町の狙半内地区で進められている。同地区は冬季には積雪が2m近くに達する山間部の豪雪地帯にある。
奥山 良治
この地区では現在、60代を中心とした有償ボランティアドライバー7名が、週3日、1日4往復でミニバスを運行している。狙半内地区の戸数は150戸ほど。一人暮らしの高齢女性も多く、地元の要望は、病院やスーパーがある近隣地への送迎が多い。この社会実験を決断した狙半内自治会・狙半内共助運営体会長の奥山良治氏(67)が言う。
「これを単なる社会実験で終わらせてはいけないと考えています。クルマは人が自由になるためにあるもの。身体が不自由な高齢者にも移動手段は不可欠です。今回の試みによって、いろいろなデータを蓄積し、独自の共助のかたちを具現化することで、ほかの地域でも活用できるようなモデルを構築していきたいと考えています」
住民自らが助け合い地域がつながる社会に
実際、走ってみるとわかるが、豪雪の中の移動は危険と隣り合わせだ。運転手はまず出発時にアルコール検知器でチェックを受けた後、運転しづらい雪道を一定のスピードで走りながら、各高齢者宅の前で乗客をピックアップしていく。移動中も吹雪が続く。細い道が続くところでは対向車との譲り合いも必要だ。過酷な環境の中、徒歩で町の中心部まで行くことはほぼ不可能なことだとわかる。クルマがないと生活はできない。

詳しくは
http://toyota.jp/welcab/
利用者の一人の女性は、次のように感想を語る。
「夫が元気なときは良かったけれど、亡くなってから本当に困りました。病院へも、転ぶのが怖くてなかなか行けませんでした。人に頼むのも気を遣うし、ミニバスのほうが使いやすいですね」
また、同乗していた別の女性も笑顔で言う。
「振動も少なく、クルマの乗り心地はいいですね。降りるときも床が低くて、手すりもついていて使いやすい。6人乗って、知り合いの皆さんと町に出て用事を済ませると、一緒にご飯を食べて帰ることもあります。車内は快適で話も弾みます。これからもサービスはぜひ続けてもらいたいですね」
奥山氏も今回の社会実験の効果について語る。
「こうした共助の活動を通じて、さらに人とのつながりが強くなったと感じています。自宅にいても近くで救急車の音が聞こえると胸が痛くなります。ミニバスに乗るようになって、人との交流が増え、元気になった人もいます。地元のおばあちゃんから『いつでもお医者さんがいる感じで、安心だ』という激励の電話をもらったときはうれしかったですね」
横手市の村田次長は今後も行政として社会実験の活動を拡げていく方針だという。
「行政側としてもチャレンジングな取り組みだと考えています。良い声が出てくれば継続できるはずです。うまくいけば、地域に公共交通の会社ができたような感じになるでしょう。住民の方々にミニバスの存在を認知させ、必要なときに動かせる手段を講じておく。それが行政の役目であり、コストとネットワークを両立させるカギだと考えています」
中川 茂
トヨタ自動車の中川氏はこう強調する。
「集落の中には、まだバスに乗るために不自由を感じている高齢者の方々がいます。いかに高齢者の方々が不自由のない生活を実現するのか。我々も技術面で知恵を絞りながら、トヨタとしての考え方を提示し、みんなで共有していきたい。超高齢社会を迎える今こそ、すべての方に快適な移動の自由を提供していきたいと思っています」