クラウド・コンピューティングが与えるグローバル経営のインパクト 八子 知礼 デロイト トーマツ コンサルティング パートナー
ビジネスのあらゆる領域で進むコンバージェンス
「クラウド」技術が注目を集める時代背景には「コンバージェンス(収斂する)」というキーワードもある。コンバージェンスとは、まったく異なるもの同士が1つに収斂し、ユーザーに対する新しい「エクスペリエンス(経験)」を提供することだが、今、ビジネスのあらゆる領域でこのコンバージェンスが起こっている。
そしてクラウドで最も期待されているのは、このコンバージェンス領域においてかもしれない。クラウドを使えば、1つの企業に閉じないで済むからだ。たとえば、自社、取引先、パートナーシップを組む代理店、バリューチェーンを構成する拠点などと、共通する1つの基盤の上で、データやアプリケーションを運用できるようになるわけだ。そうすると、バリューチェーン上の情報をみんながリアルタイムに把握できることになる。これがどのようなインパクトをもたらすか。たとえばあるeコマース企業では「誰が何を買っているのか」を分析して店舗にフィードバックするのに、これまでは数カ月かかっていた。しかしクラウドの基盤を使うことで、これを半日に短縮させ、品切れを起こさないようにし機会損失を低減するなどして、役立てている。
また、クラウド化によるコンバージェンスが進み、経営そのものがどんどんリアルタイムに近づいている。前述のような機会損失の低減、人的リソースを売れるものやチャネルにシフトさせる最適化、業務の流れを変えるといった経営の意思決定にしても、もはや月次、週次では遅い。午前に得た情報から午後に意思決定するくらいのスピード感が求められることになるだろう。
なお、コンバージェンスの時代には、IT回りの意思決定をIT部門以外が行う場面が増えていくであろう。たとえば、IT投資を検討するのはこれまではCIOだったかもしれないが、今後はCMO(Chief Marketing Officer)や事業ラインのトップがIT投資を積極的に推進していくことになるだろう。
というのも、これまでCMOがプロダクトを外部に訴求しようとする場合、大きなコストを投入するのはテレビであったが、現在はウェブサイト、ソーシャルメディアにコストを投入し、顧客との関係性を強化していく戦略へと軸足を移しているケースが散見されるからだ。そのためにはCMOは、インターネット上の、顧客のあらゆる活動をキャプチャーし、分析する必要がある。そのためには膨大なデータをクラウド上に蓄積し、管理することが不可欠になり、IT投資の意思決定に無関係ではいられなくなるのだ。
クラウド時代のリスクとは
以上、クラウドによってもたらされる新たなビジネスの姿を概観した。最後に、クラウドに関連する注意点についても言及しておく。たとえば、ネットワークを通じてデータセンターにアクセスするモデルであることから、データが漏洩しないように個人情報保護をグローバルレベルでより強固にする必要がある。具体的には、データガバナンスを強化した業務体系を構築する必要があるだろう。
しかし、ビジネスモデルの観点において、クラウドに関する日本企業のいちばんのリスクは、慎重になりすぎて、大きなトレンドシフトに乗り遅れてしまうことかもしれない。冒頭でもご紹介したとおり、クラウドは、かつては何十年もかかったグローバル展開を、その日から可能にしてしまうようなスピードを企業に与えるインフラになりうるのだ。これを好機と捉え、積極的に活用して、スピーディなグローバル展開の基礎インフラとし、その上に人・モノ・カネの情報を世界規模で配置し、柔軟にオペレーションに生かすことこそ、グローバルに生き残る企業の条件といえるのだ。