「イノベーション」という言葉は死語にすべき 「内田樹×白井聡」緊急トークイベント<前編>

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内田 樹(うちだ たつる)/1950年生まれ。思想家、武道家、京都精華大学人文学部客員教授。近著に『日本の反知性主義』(編著、晶文社)、『街場の戦争論』(ミシマ社)、『困難な成熟』(夜間飛行)などがある。

内田:共同体の使命は、何よりもまず「存続すること」です。この共同体がこれから後100年も、200年も存続していくこと、それこそが最優先課題なのです。一方で株式会社の平均寿命は極めて短い。時価総額トップ1000社にとどまる年数で見ると、平均5年です。別に株式会社にとっては、100年200年存続することには意味がありません。起業して、短期のうちに収益を上げて、株主に配当できれば、翌年、どこかに会社ごと売り飛ばしても何の問題もない。むしろ起業して翌年に会社を「消した」経営者のほうがスマートだと思われている。

そういう組織をモデルとして、医療、教育、司法といった人類学的な仕組みを作り替えていくというのは、まさに狂気のさたです。 

「儲かるか、儲からないか」で学問の価値は測れない

白井:大学改革なるものが直接的に狙っているのは、まさに内田さんがおっしゃる「株式会社化」で、要は「大学も儲けなければいけない」「学問での研究も儲けに直接つながらなければいけない」ということです。儲かりそうなところに資金を重点的に配分し、儲かりそうもないところに対しては「もういいから店じまいしろ」と言わんばかり。われわれが在籍している人文学部などは、「儲からなさそうな学問の筆頭」と思われているんですね。

これはもちろん社会の全領域で進められてきたネオリベ(ネオリベラリズム=新自由主義)改革の一環で、あらゆる組織が営利企業の原理で運営されれば万事うまくいくはずだ、という考えに支えられています。この考えが正しくないことは現実によって何度も証明されているのですが、依然として猛威を振るっています。

では儲かりそうな学問はというと、「何と言ってもテクノロジー」という話になる。戦後日本人の悲しさで、第2次大戦で敗戦したときに、「科学の発展が足りなかったからだ」とさんざん言われたトラウマから、科学技術立国を目指した。それは確かに日本の経済成長というものに、いくばくかの貢献をしたのでしょう。ところが1990年あたりから勢いが鈍化して、経済がほとんど成長しなくなってしまった。

その頃から異様にはやるようになった言葉が、「イノベーション」です。私が修了した一橋大学の大学院にも「イノベーション研究センター」というセクションがあって、「イノ研、イノ研」と言われていたものでした。

「イノベーションが大事だ」という言葉の裏には、「技術革新だけが日本を救う」という、相変わらずの技術至上主義的な発想があるわけです。経済成長率が鈍れば鈍るほど、「技術革新をやらなければ」と喧伝されて、この20年間、その方向性でやってきました。しかし、それで経済が上向いたかというと、少しもそうなってはいません。いくらやっても上向かないのに、「それはまだイノベーションが足りないからだ」という発想になってしまう。そのあたりが日本型システムの救いがたいところだと思います。

むしろ、福島第一原発の事故は、「科学技術だけでは救われない」ということを、とんでもない痛みとともに実証しました。ドイツは福島第一原発の事故を契機に脱原発を決断しましたが、その際には社会全体が技術発展の方向性を決めるのだという発想がはっきりと見えました。これはある意味で真っ当かつ当然の姿勢です。人間は科学技術の発展のために存在するのではないのですから。ところが日本ではあべこべです。社会全体が技術発展に奉仕すべきであるという考え方さえ、ほとんど無自覚に前提されているように思えます。

内田:「イノベーション」という言葉は、もう死語にしたいですね。

液晶テレビで知られた、日本の某有名電機メーカーにいた人に聞いた話ですが、その会社では、「半年に1回のイノベーション」と「間断ないコストカット」が義務づけられていたそうです。

でも、「半年に1回のイノベーション」という言い方は、言葉の使い方が間違っている。イノベーションというのは、語の定義からして、予定表を作っておけば、決まった時期に生まれるというようなものではない。

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