対話の現場/「世間」に配慮しつつ対話を成立させるには

対話の現場/「世間」に配慮しつつ対話を成立させるには

北川達夫 日本教育大学院大学客員教授

菅直人首相は、7月13日の会見において、将来的には原子力発電に依存しない社会を実現する考えを表明した。極めて重大な主張であるが、あまり根回しをしていなかったらしい。これは内閣としての方針なのか、それとも首相の思いを述べたものなのか。真意をただす声に対して、菅首相は「個人的な考えを述べたもの」と説明した──。

主張したものの、それを「個人的な考え」と位置づけてしまう。その瞬間に、たとえ一国の宰相の発言であっても、思いつきの「独り言」をつぶやいただけのように聞こえてしまうのだから、面白いものだ(実際のところ「思いつきで言っているだけだ」との声もあるが)。

菅首相の場合は「個人的な考え」へと追い込まれた、あるいは回避した格好であるが、最初から「個人的には」と切り出す場合もある。これは「本音を言えば」とほぼ同義であり、建前的な発言に本音を織り交ぜる場合に用いる。日本社会に限らず、どこの社会でも見られる表現である。建前だけで成り立っている社会もなければ、本音だけで生きていける社会もないのだ。

ただ、歴史学者の阿部謹也氏の著書『日本社会で生きるということ』(朝日文庫)によれば、日本の場合は極端であるという。たとえば、食べ物の好みについて語る場合でさえ、「個人的にはこれが好みなんですが」と言ったりする。阿部氏によれば、こういった発言の背景には、日本社会特有の「世間意識」があるのだという。

食べ物の好みは、そもそも個人的なものである。「公的な好み」など存在しないはずだ。だが、その場の雰囲気で、あるいは相手へのお追従として、本当は嫌いなのに「好きだ」と言うことはあるだろう。これが「公的な好み」ということか。逆に、自分の好みを主張する場合は、「世間」に配慮して、「あくまでも個人的には」と断るのである。

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