岩井克人が描いた「経済学の宇宙」

同時代を見事に映す知の獲得の個人史

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著者の「知の獲得」の個人史が、そのまま現代経済学への問いと理解への解説になっている。交流した多彩な人物像を含め、経済学の巨人たちの思想を消化し、再構築してきた著者の思想の厚みは圧倒的である。

著者は、自らが取り組んできた、不均衡動学や貨幣論あるいは資本主義論が「経済学の主流から離れている」としているが、評者にはそれはわからない。また本書によると「現代アメリカにおいてはほとんどの大学には『経済学史』という科目は存在しない」という。しかし最終章でアリストテレスを再読する部分を読むと歴史のもつ意味に改めて感慨を覚える。

著者は、アリストテレスを紹介しながら、貨幣とは本来「モノとの交換のために発生した」はずなのに「貨幣それ自体を目的とするようになる」。つまり貨幣を手に入れるためにモノを売買するようになる、と指摘している。それは具体的なモノに還元できない、可能性という「無限への欲望」への経済活動だ。それが資本主義であると説く。読者としてとても納得がいく。

さて本書によれば、ギリシャでは紀元前7世紀後半にコインが流通し始めたという。そのギリシャ通貨ドラクマは、ユーロの登場によって消滅したはずだが、評者の眼には、ユーロを利用した粉飾国家ともいうべきギリシャは、今度は国家を超えた存在と思えた共同体としての欧州連合(EU)を揺さぶっている。それはEUのメンバー国の欲望の共鳴の結果である。アリストテレスのいう共同体としての「ポリスとは、家、村、王国と発展」したのであり、EUもその延長線上にあったはずだ。

欲望といえば、本書は米国の最高経営責任者(CEO)の報酬額の最高は日本円にすると年間で160億円になると指摘する。リーマンショックが明らかにしたのは、彼らは粉飾に等しい決算をしつつ巨額の報酬を手にしていた。米国には日本の「善管注意義務(民法644条)」という法律はないのかもしれないが、自己契約への自由裁量権はあるようだ。自己とは本来、契約できないはずなのだが。

著者は会社統治と信任関係を詳細に論じているが、それは、本質的に不安定でいかがわしさをもつ(それゆえ可能性もある)市場経済と民主主義という仕組みの根幹にかかわっている。

評者は30年を超えて書評という仕事に積極的にかかわってきて、経済学者や政治学者は、自分の言論や発言に責任をもつために、10年後、20年後に自らをレビューすべきだと思ってきたが、この著者の40年を超える学問的履歴の点検を前に圧倒的な誠実さを感じた。それは今後への期待でもある。
 

 目次
  経済学の宇宙

 
  第一章
  生い立ち
――「図鑑」から経済学へ

第二章
  MIT留学
――学者人生における早すぎた「頂点」

第三章
  エール大学
――『不均衡動学』を書く

第四章
  帰国
――「シュンペーター経済動学」から「資本主義論」へ

第五章
  日本語で考える
――『ヴェニスの商人の資本論』から『貨幣論』へ 

第六章
  再び米国へ
――「日本経済論」から「法人論」へ

第七章
  東京とシエナの間で
――「会社統治」論から「信任」論へ

第八章
  残された時間
――「経済学史」講義からアリストテレスを経て「言語・法・貨幣」 論に

著者
岩井克人(いわい・かつひと)
国際基督教大学客員教授、東京財団名誉研究員、東京大学名誉教授。1947年生まれ。米マサチューセッツ工科大学でPh.D.取得。米イェール大学助教授、東大助教授、米ペンシルベニア大学客員教授、米プリンストン大学客員准教授、東大教授などを経る。

 

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