西欧に対する「イスラムの怒り」とは? 内藤正典・同志社大学教授に聞く(前編)

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ないとう・まさのり●1956年生まれ。東京大学教養学部教養学科科学史・科学哲学分科卒業。博士(社会学)。専門は多文化共生論、現代イスラム地域研究。一橋大学教授を経て、同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科教授。『ヨーロッパとイスラーム』(岩波新書)、『イスラムの怒り』『イスラム―癒やしの知恵』(集英社新書)など著作多数。最新刊『イスラム戦争-中東崩壊と欧米の敗北』(集英社新書)(撮影:梅谷秀司)
風刺新聞紙「シャルリ・エブド」襲撃に始まる一連のテロ事件をきっかけに、フランス政府は「テロ、イスラム過激派との戦争」を宣言。欧州では警備が強化され、逮捕者が続出するなど緊張感が高まっている。一方で、「シャルリ」紙が執拗に預言者ムハンマドの戯画を掲載したことに、イスラム社会でもデモや抗議行動が広がっている。不満を抱えた若者の「イスラム国」への流入が増大するなど、9.11米同時多発テロ以降、欧米社会とイスラム社会との対立はかつてなく激化している。

イスラム移民が西欧でどのような環境に置かれているのか、イスラム社会、イスラム教徒が西欧の何に怒っているのか、同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科長の内藤正典教授に話を聞く。

「やり過ぎ」という批判が通用しないフランス人

――暴力は許されない、とはいえ、「シャルリ・エブド」紙のことさらにイスラム教徒の宗教的感情を傷つけようとするやり方には、日本人から見ても納得しがたいものがありました。

日本だけでなく、イギリスでもアメリカでも「シャルリ・エブド」紙によるイスラム教の預言者ムハンマドの風刺画は、風刺という範囲を超えて、神や預言者を冒涜しており、「やり過ぎである。表現の自由にも節度がある」という意見が多い。だが、「やり過ぎだから自制しなさい」という論理はフランスには通じない。

フランス共和国の理念は「ライシテ」というものだ。カトリック教会が個人の行動や価値観にまで干渉し、人生そのものを支配しようとして、王権と結託して、人民を抑圧してきた。これに対するフランス革命をはじめとする長年の闘いを経て、1905年に「国家と教会の分離法」を持って、「宗教は公の領分に関わってはならない」とした。これが「ライシテ」。

日本には「ライシテ」に合う訳語がないので、とりあえず「世俗主義」と訳しているが、単なる「政教分離」ではない。「政教分離」は「政治と宗教を切り離しなさい」程度の意味だ。しかし、「ライシテ」は個人が公の場で宗教を持ち出すことも禁じている。

これが徹底されることで、フランスは、宗教から自由になった。例えば、LGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー)の人たちにとっては、生きやすい社会をつくることになった。フランス人にとってはかけがえのない権利である。

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