(第52回)健康の計を考える(その2)

山崎光夫

 前回、高齢の内科医が医師の手帳を健康管理に使っている話を書いた。

 私も同様で市販されているごく普通の手帳を用いて、自分の健康を管理している。毎日の起床、就寝、朝食、昼食、夕食、入浴などの時間、飲酒の有無を記入している。また、時折、体重、血圧も記録している。

 さらに、記録しているのが夕食の主なメニュー。ただ、これはその日には記入せず、翌日に思い出しながら書く。夕食を摂るなど、あまりに日常的な行為なので、何を食べたか思い出すのは案外、難しい。還暦を過ぎて、ただでさえ記憶力が低下している中で、前日の夕食の献立を思い返すのはさらに困難を伴うものである。

 この献立を記録するのは香川綾(かがわあや)さん仕込みの健康管理術である。香川綾さん(1899~1997)は、四群熱量点数法や計量カップ料理法を普及させ、女子栄養大学の創立者としても知られる、女医にして教育者である。
 私は最晩年にご自宅に何度も出掛けインタビューさせてもらい、人生を語っていただいた。98歳で亡くなる直前まで、40年余にわたって、「食事日記」をつけていた。三度三度の食事内容を、手帳ではなく、日記帳に克明に筆記し体調を管理していた。バランスの整った食事が長寿をもたらしたのだろう。

 私は香川綾さんの足元にも及ばないが、食事内容を概要ながら記録する習慣を心掛けている。
 しかし、香川綾さんが私の手帳を点検したなら、
 「もっと牛乳を飲みなさい。芋ももっと食べなさい」
 と注意するだろう。
 香川綾さんは毎日、さつま芋を欠かさず食べていた栄養学者だった。

 もう定年退職した私の知人は現役時代、営業の現場で、「二人手帳(ふたりてちょう)」という名の手帳を武器にしていた。
 ビジネスの現場で、初対面やあまり親しくない人に宗教や政治の話はまずできない。また、金銭や病気の話を始めるのは適切ではない。

 このような場面で知人は、「二人手帳」を使った。
 「二人手帳」は2冊目の手帳ともいえるメモ帳で、話題に困ったときの虎の巻である。
 「ふたり」は、話題の頭文字を表している。
 「ふたり」の「ふ」は、ふるさと。「た」は、旅。「り」は、料理を指す。郷土と旅行と食べ物の話を持ち出せば、まず話の緒はつかめるという。「二人手帳」は、日頃の心おぼえや出張先の思い出を書きためておく手帳だった。

 また、「手帳」自体を話題に出しても話は弾むという。どんな手帳を使っているか。その手帳を気に入っているか。手帳に何を記入しているか。などなど、手帳がテーマの話は、男女や年齢を問わずに話が広がっていくという。

 手帳を事務的に使うか。家計簿にするか。健康管理に使用するか。はたまた、秘密のノートにするか。……
 いずれにしても、年頭に当たり、新手帳を手にして健康の計を考えるのは無駄ではないだろう。
山崎光夫(やまざき・みつお)
昭和22年福井市生まれ。
早稲田大学卒業。放送作家、雑誌記者を経て、小説家となる。昭和60年『安楽処方箋』で小説現代新人賞を受賞。特に医学・薬学関係分野に造詣が深く、この領域をテーマに作品を発表している。
主な著書として、『ジェンナーの遺言』『日本アレルギー倶楽部』『精神外科医』『ヒポクラテスの暗号』『菌株(ペニシリン)はよみがえる』『メディカル人事室』『東京検死官 』『逆転検死官』『サムライの国』『風雲の人 小説・大隈重信青春譜』『北里柴三郎 雷と呼ばれた男 』『二つの星 横井玉子と佐藤志津』など多数。
エッセイ・ノンフィクションに『元気の達人』『病院が信じられなくなったとき読む本』『赤本の世界 民間療法のバイブル 』『日本の名薬 』『老いてますます楽し 貝原益軒の極意 』ほかがある。平成10年『藪の中の家--芥川自死の謎を解く 』で第17回新田次郎文学賞を受賞。「福井ふるさと大使」も務めている。
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