ノーベル賞に寄せて、「国籍」の意味とは?

国籍で境界線を引く時代は、過去のものに

世界の理系エリートが集まる米国トップスクールMIT(マサチューセッツ工科大学)。そこには、どんな学びがあるのか? 6年半の留学の後、紆余曲折を経て、夢のNASAジェット推進研究所に職を得た著者が、 『宇宙を目指して海を渡る MITで得た学び、NASA転職を決めた理由』 刊行を記念して大好評連載を一時復活!
今回は、ノーベル賞に寄せての特別編!!

日米で違う「国籍」への認識

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 今年のノーベル賞は日本人が3人も!と思ったら、ひとりは日本国籍を棄ててアメリカ国籍を取った方だったので、「がっかり」された人も多いのではなかろうか。人材流出がうんぬんという議論もまたぶり返すだろう。

 少なくとも国籍の上での「人材流出」を問題にするならば、その対策は簡単だ。多くの国がそうしているように、日本も二重国籍を認めればいいのだ(過去には認めていたそうだ)。たとえば今年、ノーベル医学生理学賞を受賞したジョン・オキーフ博士は、アメリカ生まれで拠点はイギリスだが、英米両方の国籍を持っている。

私見ではあるが、「国籍」への認識が、日米で違うように思う。日本ではそれは文字どおり「籍」である。つまり所属を意味する。たとえば僕が小野家の籍に入っているかぎり、別の家の籍には入れない。新庄が阪神の選手であるかぎり、巨人の選手にはなりえない。同じ理由で二重国籍というのを不自然に感じるのかもしれない。

一方、アメリカの価値観で国籍とは、権利、あるいは資格のようなものだと認識されている。英語で国籍にあたるcitizenshipが「市民権」と訳されるのは的を射ている。たとえば僕が投票の権利を得たからといって、プライバシーの権利を放棄する必要はない。公認会計士の資格を得たからといて、フグの調理師の資格を捨てる義務はない。同様に、他国の市民権を得たからといって、すでに持っている市民権を捨てる必要はない、という理屈になる。

僕はどちらが正しいなどという議論をしたいのではない。あくまで認識の違い、価値観の違いである。なんでもかんでもアメリカがこうしているから日本もまねしろ、という議論は僕は大嫌いだ。

だが、一方で、国境の意味が薄れるこの時代にあって、多重国籍を認めるほうが時代に即していると思うし、日本にとってもメリットになると思う。

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