MITの創造力は”遊び心”から生まれる

世界トップの研究機関たる真の理由

新世代リーダーは、政治やビジネスの分野だけに求められているわけではない。科学技術の分野にも、フロンティアを切り開くリーダーが必要とされている。この連載では、航空宇宙工学という切り口から、新時代のリーダー像を探っていく。幼少期から宇宙にあこがれ、MITで博士号を取得し、今年5月からNASAで勤務する著者が、自らの人生とからめながら、宇宙にかける思いや研究の最先端などをつづる。
MITのキャンパスには、遊び心にあふれたデザインの建物が並んでいる(写真:Getty Images)

グローバル人材という言葉に違和感

夢を叶えるのに30年かかった。

物心ついたときから僕の心は宇宙にあった。アポロやボイジャーのような宇宙船を作る仕事をするのが幼少の夢だった。心と夢は幼少のまま体だけが成長し、東京大学で航空宇宙工学を学んだ後、22歳で渡米してマサチューセッツ工科大学 (MIT)で航空宇宙工学の修士号と博士号を取得した。現在は慶応義塾大学理工学部の助教として、学生を指導する傍ら、航空宇宙とスマートグリッドの制御の研究をしている。

そして30歳の誕生日を迎えた直後の昨年10月、NASA ジェット推進研究所 (JPL)への転職が決まった。昨年8月に火星に着陸したローバー(自動走行ロボット)の「キュリオシティ」や、最遠の惑星・海王星にまで到達した探査機「ボイジャー」などを開発した研究所だ。今年5月から再び渡米し、子供の頃からのあこがれだったこの場所で宇宙開発の仕事をする。

最近よく耳にする「グローバル人材」という言葉に違和感を覚える。僕はそのような安っぽい肩書が欲しかったからこの道を歩んだのでは決してない。ただ愚直に自分の夢を追いかけ走り続けただけだ。そして気づけばMITにいて、気づけば慶応にいて、気づけばJPLに行くことになっていた。

もちろん相応の苦労をし、努力をした。多くの恩を受け、大いに運に恵まれた。だから僕は「夢は必ずかなう」などとナイーブに考えはしない。運命を信じるロマンチストでもない。かといって、緻密なキャリアプランに沿って戦略的に人生の駒を進められるほど賢くもない。僕は走り続けたというよりも、走らされ続けてきたように感じる。

MITへの留学中にはつらいことが数多くあった。しかし、太陽が惑星を重力で束縛して回転運動を強要するように、僕の中心には情熱の核があって、それが僕を束縛し、逃げることを決して許さなかった。その情熱も冷めた時期があった。しかし、僕の心の中には北極星のように決して動かない一点があって、それが僕を元の道へと引き戻した。その核、その一点を持つことができたのが僕にとって最大の幸運だ。夢を持つとは、つまりそういうことなのだと思う。

僕はたった30歳の、勢いだけで生きてきた未熟な若造だが、MITへの留学や慶応での教育と研究、そしてJPLへの転職など、少しは読者の皆さんに興味を持っていただける経験を本連載で語ることができると思う。僕の身の上話を始める前に、今回はまず、その舞台となる場所、とりわけ多くの日本人にとって馴染みのないだろうMITとJPLについて紹介しよう。

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