ノーベル賞に寄せて、「国籍」の意味とは? 国籍で境界線を引く時代は、過去のものに

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帰化した職員も多くいるJPLから

僕は現在、永住権を取得しアメリカで働いている。その理由は、日本が嫌だったからでも、アメリカが好きだったからでもない。それどころか、僕は日本を愛している。ナショナリスト的な愛国心というのではなく、郷土愛だ。日本の美しい四季をいつも懐かしく思う。帰省して食べる母親の手料理ほどおいしいものはない。

渡米の理由は、ただ単純に、子供の頃から夢見ていた仕事がここにあったからだ。著書にも書いたが、僕にとって、日本で働くかアメリカで働くかということは、東京で働くか大阪で働くかという程度の意味しかない。現代に生きる多くの人にとってそうだろう。国への帰属意識や忠誠心ではなく、夢やチャンスや仕事のやりがいで住む国を選ぶ時代になったのだ。

僕は望めばあと数年でアメリカ市民権を取れるが、積極的に日本国籍を捨てたいとは思わないし、積極的にアメリカ人になりたいとも思わない。現在、勤めているNASAジェット推進研究所(JPL)の現在の僕の地位では、永住権さえ持っていれば不自由することはない(一方で、持っていなければ非常に不自由する)。

だが、やはりNASAは国の機関なので、アメリカ人でなければ逃してしまう仕事上のチャンスがあるかもしれない。もしそうなれば、僕はアメリカ市民権を取ることを躊躇しないだろう。そしてもし、そのときにまだ日本が二重国籍を認めていなければ、非常に不本意だが、日本国籍を放棄せざるをえないだろう。

実際、アメリカの市民権を得た、つまり帰化した職員がJPLには多くいる。その最たる例が、所長のチャールズ・エラチ博士だ。彼はレバノン出身である。年の近い同僚のフランス人も、最近、アメリカの市民権を取った(フランスは二重国籍がOKらしい)。そうやって世界から集まった人材がアメリカの強みになっている。また、二重国籍が可能ならば、少なくとも国籍という面では出身国とのつながりも保たれる。

国籍があればその国で働く自由度は格段に上がる

日本が二重国籍を認めることは、海外の人材が日本で活躍するハードルを下げることにもなるだろう。外国で働く者にとって最大の足かせは、やはり労働ビザの取得である。国籍があればその国で働く自由度は格段に上がる。もちろん元の国籍を捨てて日本人になることを躊躇しない人もいるだろうが、ためらう人もいるだろう。

もちろん、移民政策はノーベル賞の受賞者数で決めるものなどでは決してないから、今回の一件だけでどうこうというのではない。だが、おそらく日本ではあまり議論されていない多重国籍というものを考えるよい機会になったのではなかろうか。日本人とそれ以外の人の間に明確な境界線を引く時代は、もう過去のものなのかもしれない。

最後にもうひとつだけ、研究者の端くれとして書かせていただきたいことがある。ノーベル賞は国別対抗のオリンピックではない。毎年、日本人が取った取らなかったということばかりに、メディアの注目が集まるのはいかがなものか。どこの国の人であろうとも、各賞の受賞者たちが生み出した科学的成果や文化的創造物がいかに人類の発展に寄与したかに、もっと注目してほしいと思う。繰り返しになるが、日本人とそれ以外の人の間に明確な境界線を引く時代は、もう過去のものなのだと思う。

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小野 雅裕 NASAジェット推進研究所(Jet Propulsion Laboratory)技術者

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おの まさひろ

1982年大阪府生まれ。2005年東京大学工学部航空宇宙工学科卒業。2012年マサチューセッツ工科大学(MIT)航空宇宙工学科博士課程および同技術政策プログラム修士課程修了。2012年より慶應義塾大学理工学部助教。2013年より現職。火星ローバー・パーサヴィアランスの自動運転ソフトウェアの開発や地上管制に携わるほか、将来の宇宙探査機の自律化に向けたさまざまな研究を行なっている。阪神ファン。好物はたくあん。主な著書は、『宇宙を目指して海を渡る』(東洋経済新報社)。

ブログ: onomasahiro.net/
Twitter: @masahiro_ono

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