マイクロソフト「オフィス」に4つのナデラ流 新CEOは販売方法も利用シーンも変える

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そこで出てくるのが「サービス化」だ。Office 365で使える「MSオフィス」は、Windows版だけに限らない。Office 365 Soloで使える「パソコン2台分のMSオフィス」には、マック版も含まれる。また、マイクロソフトは同時に、Android版・iPad版も開発している。

閲覧向けにはいまでも無料で使えるのだが、Office 365ライセンスを持っていれば、ファイルの作成・編集・レビューもできる。マクロなどを含め、100%同じ機能、というわけではないのだが、文書レイアウトの表現などは、オフィス互換ソフトと違い、かなりの精度で再現できる。特にiPad版については、かなり注目度が高い。Office for iPad 日本版は年内に提供が開始される予定だ。

マイクロソフトとしては、Office365をサービスとして捉え、「同じ作業が出来るソフトは、色々なプラットフォームに提供する」形を採る。昔ならば1本1本のソフトを売っていただろうが、「MSオフィスというサービス」になるので、もはやプラットフォームを隔てる必要はない。

<4>「オフィスにいるとき」だけじゃない

機器をまたぐ場合、問題は「どうやってデータを受け渡すか」だ。サティア・ナデラCEOは、会見で次のように語った。「マイクロソフトは『モバイルファースト』『クラウドファースト』の会社になる。モバイルファーストとは、モバイル機器で使えることを指すのではなく、どこでも使えることを指す。そのためにはインフラが必要であり、クラウドファーストが重要になる」。

マイクロソフトは様々なオンラインサービスを提供しているが、ここで軸になるのは、オンラインストレージサービスの「OneDrive」だ。OneDriveはWindowsと密接な関係にあり、WindowsからはまるでPC内のストレージのように使える。それだけでなく、マック・Android・iOSと複数のデバイスにも対応している。そこにMSオフィスのファイルを保存しておけば、スマートフォンやタブレットを含め、すべてのデバイスから、好きな場所・好きな時に文書を閲覧・編集した上で、必要な相手に渡すことができる。「どこでも」というモバイルファーストの思想を、OneDriveというクラウドファーストのサービスで実現できるわけだ。

Office 365には、OneDriveのストレージが1TB分(!)含まれる。これだけあれば、ビジネス文書だけでなく、写真などの保管にも十分だ。他社のオンラインストレージの場合、1TB分だと年間1万円程度となっているが、Office 365 Soloは、MSオフィスの利用権がついて1万1180円。プレインストール用のOffice Premiumには、Office 365の1年間分に相当するサービス利用権が付属してくる。

MSオフィスをサービス化した上で、その価値を最大化したオンラインストレージをセットにするのが、マイクロソフトの最大の差別化点だ。オンラインストレージを日常的に使い始めると、他のサービスへの移行は敷居が高くなっていく。「もうMSオフィスは使わない」と決め、Office 365を解約するとしても、オンラインストレージとしての魅力で解約を引き留められる。そして、OneDriveに魅力を感じなかったとしても、仕事用の道具であるMSオフィスで引きつけることができる。

もちろんこの先には、「より便利にMSオフィスを使うための道具」としてのデバイス戦略がある。PCである「Surface」であり、スマートフォンとしてのWindows Phoneだ。「MSオフィスはパソコン用のソフトである」という常識から離れ、「マイクロソフトはMSオフィスというサービスを軸にした会社である」と定義することこそが、ナデラ流の「マイクロソフト再生術」なのだ。

(撮影:今井康一)

西田 宗千佳 フリージャーナリスト

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にしだ むねちか / Munechika Nishida

得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、『アエラ』『週刊朝日』『週刊現代』『週刊東洋経済』『プレジデント』朝日新聞デジタル、AV WatchASCIIi.jpなどに寄稿するほか、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。著書に『ソニーとアップル』(朝日新聞出版)、『漂流するソニーのDNA プレイステーションで世界と戦った男たち』(講談社)、『スマートテレビ スマートフォン、タブレットの次の戦場』(アスキー新書)、『形なきモノを売る時代 タブレット・スマートフォンが変える勝ち組、負け組 』『電子書籍革命の真実 未来の本 本のミライ』『iPad VS. キンドル 日本を巻き込む電子書籍戦争の舞台裏』(すべてエンターブレイン)、『リアルタイムレポート・デジタル教科書のゆくえ』(TAC出版)、『知らないとヤバイ! クラウドとプラットフォームでいま何が起きているのか?』(共著、徳間書店)、『災害時 ケータイ&ネット活用BOOK 「つながらない!」とき、どうするか?』(共著、朝日新聞出版)などがある。

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