菅流「一点突破戦術」の強さと弱さ

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菅流「一点突破戦術」の強さと弱さ

塩田潮

 「一点突破、全面展開」は菅直人首相の20歳代から口癖である。

 敵や壁に挑む際、攻略の効果が最大の突破口を一つ探し当てて突破を図り、次に作戦を全面に展開する。それが最短の道という発想だ。あるいは、まず一点突破を図れば、その後に全面展開の道が開けると考えた。

 十数年前、本人に「なぜ」と尋ねたら、「いつも少数派で全面突破のパワーがなかったから」と答えたが、本音ではない。厚生大臣時代の薬害エイズ疑惑解明も含めて、政治家となった後、この手を駆使しているからだ。菅流の真髄といっていい。同じ手でポスト鳩山の座も一発でものにした。

 2005年以降、連敗と不戦敗で平時の代表選では勝ち目なしといわれたが、今回が唯一の突破口と見定め、「脱小沢」で一点突破を図り、政権を手にした。

 だが、この菅流には2つの問題がある。一点突破を図るとき、次の全面展開の目標が定まっていなかったり、シナリオの全体像を示さない傾向があり、どこに連れていかれるかわからないという不安がつきまとう。もともと問題発見能力や課題設定力、構想力が欠如しているという指摘も多い。

 もう一つは、課題が複合的に絡み合い、一筋縄ではいかない現代の政治・経済状況では、一点突破しても簡単に全面展開とはならないという点だ。

 直面する困難に対して、鳩山前首相は「二兎を追って一兎をも得ず」に終わったが、現状は自民党政治のツケと閉塞状況という荷物を負わされ、「二兎」をきちんと仕留める能力が求められる。「長期・本格政権」狙いの菅首相の前には、改革実現と当面の課題処理、財政健全化と経済成長、本格政権と長期政権など、何種類もの「二兎」が横たわる。

 そこで、得意の菅流で「消費税増税」を突破口にして一点突破を図り、「日本立て直し」の全面展開につなげる戦略のようだが、財務省との二人三脚の一点突破作戦は、「官僚支配の罠」と背中合わせだ。全面展開どころか、八方塞がりによる全面撤退の可能性もある。
(写真:尾形文繁)
塩田潮(しおた・うしお)
ノンフィクション作家・評論家。
1946(昭和21)年、高知県生まれ。慶応義塾大学法学部政治学科を卒業。
処女作『霞が関が震えた日』で第5回講談社ノンフィクション賞を受賞。著書は他に『大いなる影法師-代議士秘書の野望と挫折』『「昭和の教祖」安岡正篤の真実』『日本国憲法をつくった男-宰相幣原喜重郎』『「昭和の怪物」岸信介の真実』『金融崩壊-昭和経済恐慌からのメッセージ』『郵政最終戦争』『田中角栄失脚』『出処進退の研究-政治家の本質は退き際に表れる』『安倍晋三の力量』『昭和30年代-「奇跡」と呼ばれた時代の開拓者たち』『危機の政権』など多数
塩田 潮 ノンフィクション作家、ジャーナリスト

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しおた うしお / Ushio Shiota

1946年、高知県生まれ。慶応義塾大学法学部政治学科を卒業。
第1作『霞が関が震えた日』で第5回講談社ノンフィクション賞を受賞。著書は他に『大いなる影法師―代議士秘書の野望と挫折』『「昭和の教祖」安岡正篤』『岸信介』『金融崩壊―昭和経済恐慌からのメッセージ』『郵政最終戦争』『田中角栄失脚』『安倍晋三の力量』『危機の政権』『新版 民主党の研究』『憲法政戦』『権力の握り方』『復活!自民党の謎』『東京は燃えたか―東京オリンピックと黄金の1960年代』『内閣総理大臣の日本経済』など多数。

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